表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/319

宿泊研修 7



 あの後、ユリウスの部屋へと強制連行され「まず風呂にでも入ったら?」とタオルを渡されて。汗や土埃まみれだった私は、取りあえずお先に入らせてもらうことにした。


「……ふう。本当に、疲れたなあ」


 温かい湯船に足を伸ばしてゆっくりと浸かると、思わず溜め息が出てしまうくらいに気持ち良かった。つい数時間前まで魔物に殺されかけていたなんて、信じられない。


「着替え、置いておくから」

「ありがとう!」


 そんな兄の声が聞こえてきて、ドア越しだからとつい大声でお礼を言ったところ「本当にレーネは色気がないなあ」なんて声が返ってきた。余計なお世話すぎる。


 ちなみに、先程の事情説明の際についた嘘の辻褄合わせにより、二人で泊まる流れになったんだとか。よく分からないけれど、そう言われてしまっては仕方ない。


 風呂から上がりさっぱりした私は、先程ユリウスが置いておいてくれた服に袖を通した。ホテルで用意されていた物のようでぶかぶかだったけれど、そのままバスルームを出る。


 するとソファに腰掛けて雑誌を読んでいたらしい彼は、私を見るなり「かわいい」と微笑んだ。


「そういうの、すごくいいね。本当にかわいい」

「どうも」

「つれないなあ。ま、俺も入ってこよっと」


 そう言って、ユリウスはバスルームへと入って行った。自宅では別々のものを使っているため、自分が使った直後に使われるのは、家族といえどなんとなく気恥ずかしい。


 改めて部屋の中を見回すと、明らかに私達が昨晩泊まった部屋よりも広く、グレードも高い。お風呂だってそうだ。追加でお金を払っているに違いない。


 ドライヤーに似た魔道具で髪を乾かした私は、疲労感に耐えきれず、2つあるベッドのうちのひとつに倒れ込んだ。ベッドの柔らかさも、昨日のものとは格段に違う。


「……全然、取れない」


 そしてふと、指にぴったりと嵌っている指輪を見つめてみる。見えない謎の力が働いているようで、外すどころか動かすことすら出来ない。不気味すぎる。


 呪いのアイテムだったらどうしようと不安になりつつ、学園に戻ったら魔道具に詳しい教師に聞いてみよう、なんて考えて身体を起こした時だった。


「あっつ、部屋の中涼しくしていい?」

「……なっ、なな、な」


 やがてバスルームから出てきた兄は、なんと上半身裸だったのだ。濡れて水が滴る髪や上気した頬により、彼からは恐ろしい程の色気が滲み出していて、目眩すらしてしまう。


 男性の半裸など無縁だった私にはあまりにも刺激が強すぎて、慌てて視線を逸らした。兄はというと、平然と風魔法と氷魔法を組み合わせ、クーラー代わりにしている。


「なに? もしかして照れてる?」

「あ、当たり前でしょ! 服着て!」

「兄妹なのに?」

「いいから早く着て!」


 ユリウスは可笑しそうに笑うと「はいはい」と言って、ようやく服に袖を通してくれた。心臓に悪すぎる。


「かわいいね、レーネちゃん」


 未だに顔が真っ赤であろう私を見て、ユリウスは満足げに笑うと私のすぐ側に腰を下ろし、頭を撫でた。


「部屋で二人きりで夕食、食べようか」

「そんなことできるの?」

「うん、させる」


 本来ならば生徒は皆、食堂で食事をとることになっているけれど、兄は謎の力を使ったようで。やがてルームサービス的な感じで、二人分の食事が運ばれてきた。


 皆とは、明日の朝合流すればいいだろう。


「意外と美味しいね」

「うん。すっごく美味しい」


 お揃いの部屋着を着て、二人きりでホテルの部屋で向かい合い食事をするなんて、なんだか不思議な気分だ。


 「新婚みたい」「ドキドキするね」なんてふざけたことを言うユリウスはひどく上機嫌で、つられて笑ってしまった。




◇◇◇




 食事の後、一気に眠気に襲われた私は手早く寝る支度を済ませ、お先にベッドへと入り眠ろうとしたのだけれど。


「あの、何をしているんですか?」

「俺も寝ようと思って」

「ベッド、間違えてますよ」

「間違えてないよ」


 何故か兄は、当たり前のように私のベッドに入ってきたのだ。訳の分からなさすぎる行動に、眠気も吹き飛びかけた。


「なんで? 兄妹なら一緒に寝るくらい普通じゃない?」

「絶対に、この年齢では普通じゃないと思う」

「そうかなあ」


 そう言って笑う兄が、ベッドから出て行く様子はない。むしろ近付いてきたかと思うと、私の体に腕を回した。抱き枕のようにされているこの状況は、どう考えてもおかしい。


 とは言え、私は彼に命を救われたのだ。今日はシスコンに付き合ってあげようと決め、私は抵抗する手を緩めた。半裸で居られるよりはずっとマシだろう。


「……ユリウス、助けにきてくれて本当にありがとう」

「どういたしまして。俺のこと、好きになった?」


 そんないつもの冗談から、ふと昨晩ユッテちゃんに『レーネちゃんも、お兄さんにたくさん好きだって伝えてあげるといいよ。絶対喜ぶから』と言われたことを思い出す。


「うん、好きだよ」


 丁度いい機会だと思い、素直にそう答えてみる。


 てっきりいつもの調子で「ありがとう、嬉しいな」なんて返事が返ってくると思っていたのに、何故か兄は驚いたように目を見開き、まるで時間が止まったかのように固まって。


「…………狡い」


 やがて私の肩に顔を埋めると、ぽつりとそれだけ呟いた。


 もしかして喜んでいないのではと不安に思ったけれど、ユリウスは私を抱きしめる腕に力を込めた。


「レーネは可哀想だね」

「えっ?」

「俺なんかに捕まって、本当に可哀想だなと思って」

「なにそれ」


 その言葉の意味は、やはり分からない。抱きしめられているせいで、彼の表情も見えないけれど。


「その代わり、俺がずっと守ってあげる」

 

 そんな言葉に、喜んでくれたのだと思うことにした。ありがとう、と言えば「あまり俺を甘やかさないほうがいいよ」と言われてしまった。


 ユリウスのやさしい体温や、少しだけ早い心臓の音が心地良くて、再び目蓋が重くなっていく。


「レーネには、そのままでいて欲しいな」

「そのまま? 私はもっと魔法が上手くなりたいな」

「あはは、それはそうだね」


 今回の宿泊研修で自身の無力さを改めて実感し、同時に大好きな人達の、ユリウスの力になりたいと強く思った。


「おやすみ、レーネ」


 明日からまた頑張ろうと誓い、私は瞳をそっと閉じた。



いつもありがとうございます!2章は終わりになります。(吉田のメガネを返してない件、笑ってしまいました)


ツイッター(@kotokoto25640)にて、素敵すぎるFAをたくさん紹介しております……!!

3章もどうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【公爵様、悪妻の私はもう放っておいてください】

新連載もよろしくお願いします!

― 新着の感想 ―
[良い点] 吉田がグッド!吉田推し。
[一言] 成り行きから作者様を知り一気に拝読させていただきました!無自覚ヒロインと溺愛兄とっても好きです。これからどんな展開になるのか楽しみです!
[良い点] 今日も面白かった! [気になる点] 部屋を取ってくれたやけに親切な女教師って 8話で魔法実習の測定器をユリウスお兄様に貸し出ししたユリウス大好き女教師と同じ人なのかなあ [一言] アーノ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ