宿泊研修 6
「ほら、今だよ。打ってみて」
耳元でユリウスがそう囁くと同時に、飛びかかってくる小さなネズミのような魔物に向かって、火魔法を打ち込む。
12回目にしてようやく当たったことで、魔物はキュッという悲鳴を上げて地面に倒れていく。やがて灰になって消えるのを確認すると、ユリウスは私の頭を撫でた。
「お、倒せたじゃん。上手上手」
「やった……!」
あれから私達はひたすらに進み続け、弱い魔物が出てきた際には、実践練習として攻撃魔法を教えてもらっている。
私が失敗しても、すぐにアーノルドさんが確実に倒してくれるため、安全に練習することが出来ていた。
「レーネちゃん、次は俺が水魔法を教えてあげようか」
「あっ、ええと……」
「お前は人に何かを教えるとか、やめた方がいいよ。向いてないから。大人しくこいつが外した魔物の処理してて」
そんな冷たい兄の言葉に対してアーノルドさんは「ユリウスは酷いなあ」と笑うと、物陰から飛んできた魔物へ視線を向けることすらなく、氷漬けにしてみせた。
本当に、この二人はレベルが違いすぎる。Sランクの実力を目の当たりにした私は、最高ランクを目指すなんて意気込んでいた過去の自分が恥ずかしくなっていた。
「皆、無事かな……」
「きっと大丈夫だよ。テレーゼちゃんとかヨシダくん、結構実力ありそうだし」
やはり兄は、二人を高く評価しているようだった。むしろお荷物の私がいなくなったことで、皆がスムーズに進めていることを願わずにはいられない。
それからまた一時間ほど歩いているうちに、爆発音のようなものが聞こえてきて。その独特な音がヴィリーの魔法だと気が付いた私は、ぐいぐいとユリウスの手を引いていく。
そして五人の姿を見つけた瞬間、泣きたくなった。
「っみんな……!」
「レーネ! 無事だったのね……!」
行っておいで、というユリウスの声に背中を押され、私はテレーゼに駆け寄ると思い切り抱きついた。無事で本当に良かった、と呟いた彼女の声は震えていて、視界が揺れる。
四人も先程よりボロボロではあるものの、無事なようで心の底から安堵したけれど。吉田と目が合った瞬間「馬鹿かお前は!」と耳が痛くなるほどの大声で怒られてしまった。
メガネが無いせいで、美しい蜂蜜色の瞳がよく見える。
「お前が俺を庇うなんてこと、二度とするな!」
「ご、ごめんね。でも、こうして無事だったから。ね?」
私は奇跡的にユリウスに助けてもらった立場なのだ、偉そうなことは言えない。けれど流石の吉田でも、あの状況で無事でいられたとは、とても思えなかった。
だから私は、この選択を後悔していない。同じ状況になればきっと、また同じことをしてしまうだろう。とは言え、ひどく心配をかけてしまったことに変わりはない。
「吉田、心配かけてごめんね」
「……本当に、無事で良かった。こうしてお前の姿を見るまで、生きた心地がしなかった」
ひどく切実なその声からは、彼がどれだけ心配してくれていたかが伝わってくる。やがてぽつりと呟かれたお礼の言葉に、再び泣きそうになった私は、誤魔化すように「吉田、愛してる!」と彼の腕にしがみついた。
けれどすぐに「やりすぎ」なんて言う兄によって、引き剥がされてしまう。吉田相手でも駄目なラインはあるらしい。
「吉田さん、ずっとレーネちゃんの心配してたんだよ」
「余計なことを言うな。それを言うならお前らもだろう」
「思い詰めた顔をしては、壁に頭を打ち付けていたのよ」
「メガネが無いせいでぶつかっていただけだ」
皆のやりとりに、胸の奥が温かくなっていく。一切言葉を発していなかった王子も、目が合うと小さく笑ってくれた。
そんな中、ヴィリーは「お前が無事で本当に良かったんだけどさ」と言い、私を後ろから抱きしめている兄と、その隣にいるアーノルドさんに視線を向けた。
その先は聞かずとも分かる。
「なんでここに、お前の兄ちゃん達がいるわけ?」
「……その、実はね」
そして私は、皆と別れた後のことを話し始めたのだった。
◇◇◇
「お前の兄ちゃん、色々とすげえな。超かっけえ」
「でしょ?」
「ありがとう。君もレーネと仲良くしていいよ」
「許可制なの?」
再び全員で進みながら、皆のこれまでのことも聞いていたのだけれど、とにかく散々だったらしい。
魔物のレベルは上がっていく上に、火責め水責めのオンパレードだったとか。ボロボロの姿でも美しいテレーゼは「早く帰ってお風呂に入りたい」と溜め息をついていた。
「あれ、なんだろう」
そうしているうちに、やがて突き当たりに大きな扉が見えて。罠があるのではないかと身構える私達を他所に、ユリウスは扉を蹴り飛ばした。怖いもの知らずにも程がある。
扉の先にはやけに明るい小さな部屋があるだけで、どうやら行き止まりらしかった。
「なに、ここ」
「さあ?」
部屋の中心には、小さな祭壇のようなものがある。その上には、真っ赤な宝石のついた美しい指輪が置かれていた。
「痛ってえ!」
ヴィリーが何気なく指輪に手を伸ばしたところ、バチバチッという音を立てて思い切り弾かれていた。ユリウスも試してみたところ、同じ結果だったらしい。
「うーん、どうする?」
「さっきの分かれ道まで戻るべきなのかしら」
みんなが引き返そうかと話をしている中、私は一人怪しすぎる指輪を見つめていた。こんな所に置いてあるなんて、重要なアイテムですと書いてあるようなものだ。
一応ダメ元で手を伸ばしてみると、弾かれるどころか触れた瞬間、それは私の指にしっかりと嵌っていた。
「えっ?」
つい戸惑いの声を漏らすと同時に、部屋全体の床に不思議な文字が浮かび上がり、青白く光り出す。あまりの眩しさに目を閉じると、ぶわりと身体が浮遊感に包まれて。
そして次の瞬間、目を開けるとそこは見覚えのある森の中だった。あの祭壇のような遺跡は、跡形も無くなっている。
「出られた、の?」
「そうみたいだね」
「よ、良かった……」
ぴったりと右手の薬指に嵌っている真っ赤な指輪が不気味で仕方ないものの、とにかく全員で無事に脱出することができて良かったと、心の底から安堵したけれど。
「絶対、面倒なことになってんじゃん」
「でしょうね」
既に空は暗くなっており、王子を含め私達全員が失踪していたとなれば、大問題になっているだろう。
その上、原因であるダンジョンもどきも消えてしまっているのだから、言い訳も出来なそうだ。
「俺達はどうしようか。今から帰るのも無理そうだね」
「適当に事情を説明して、こいつらと同じ所に泊まるしかないな。俺、こういうのは得意だから任せて」
ユリウスはやけに自信ありげにそう言うものだから、結局私達のことも含め、彼に全ての事情説明を頼むことにした。
ホテルへと戻ると、やはり大掛かりな捜索が行われていたらしく気が重くなったけれど。兄の説明により、私達は何のお咎めもなく終わった。なんて説明したのかと聞いても教えてくれなかったせいで、余計に気になってしまう。
とは言え、面倒なことも無くなり助かった。今日は本当に疲れた。食事をしてお風呂に入って、即寝ようと決める。
「二人の部屋も取っておいたから、ゆっくりと休んで。そして明日、私達と一緒に帰りましょう」
「はい。ありがとうございます」
やけに親切な女教師にお礼を言うと、渡された部屋の鍵を片手に、兄は当たり前のように私の手を引いて歩き出した。
「いや、私の部屋あっちなんだけど」
「俺とお前は同じ部屋だよ」
「…………なんて?」
いつもありがとうございます。次で2章は終わりです。
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