宿泊研修 3
かなり長い時間、落ちていたと思う。何の魔法を使えば地面への激突を防げるのか、必死に働かない頭で考えてみても分からず、分かったところで私に使えるはずもなく。
ぎゅっと両手を握り、きつく両目を閉じていたけれど、いつまでも衝撃は来ない。やがて優しい浮遊感に包まれ、恐る恐る目を開ければ、至近距離で美しい翠眼と視線が絡んだ。
「あ、ありがとう、ございました……!」
「…………」
「本当に、助かりました……」
どうやら、セオドア王子が私を受け止めてくれたらしい。彼の風魔法で助けてくれたようで、彼によって私はお姫様抱っこのような体勢で抱き締められていた。
慌てて周りを見れば、皆無事のようだった。さすが皆、上位ランクなだけある。ラインハルトも吉田の助けを借りて無事だったらしく、全員無傷なことにひどく安堵した。
「こ、怖かった……」
私一人だったなら間違いなく、地面に激突して死んでいただろう。つい想像してしまい、身体が震えた。
そんな私の様子に気が付いたのか、王子はひどく優しい声で「大丈夫だ」と言い、私を抱える腕に力を込めて。思わず心臓が大きく跳ねた。
こんな時に不謹慎だけれど、今のシーンはギャラリーに保存しておいて欲しいと、心の底から思った。
「ここは一体、どこなんだ……?」
「あの祭壇の地下、なのかしら」
落ちていく時間が長かったことから、私たちは今、かなり地下深くにいるに違いない。
改めて辺りを見回してみると、私達の目の前には一本の道が続いており、所々に明かりがある。RPGもののダンジョンの中、といった感じの作りだ。私は恋愛シミュレーション以外のゲームはやらなかったため、詳しくはないけれど。
一体ここは、何なのだろう。
「とにかく出口を探すしかないよな。絶対こんな所、助けなんて来ないだろうし」
「確かに、そうだよね……」
王子に抱き抱えられたまま、私は頷いた。いつも通りの表情を浮かべたままの王子は何故か、私を下ろそうとする気配はない。レーネの身体は軽いとは言え、申し訳なくなる。
それから全員で話し合った結果、出口を探すということで話はまとまり、無理はせずに進んでみることになった。
先頭は魔法の扱いが上手いヴィリーとテレーゼ、その後ろにラインハルト、そして何故か私を抱えたままの王子、私達の護衛を兼ねた吉田の順で並ぶ。
「お前は俺とセオドア様の近くから離れるなよ」
「は、はい!」
流石に申し訳ないので自分の足で歩くと言ったところ、ようやく下ろしてもらうことができた。
へっぽこ魔法使いである私は皆の役には立てないだろうけれど、足を引っ張ることだけはしないよう、気合を入れる。皆のお蔭で、不思議と恐怖は和らいでいた。
「じゃ、進むからな」
そんなヴィリーの声を受け、私達は気味の悪い一本道を進み始めたのだった。
◇◇◇
「吉田、本当にごめんね」
「ああ」
それから、どれくらい進んだだろうか。やがて美しい泉のある開けた場所に出た私達は、休憩をすることにした。
ずっと吉田に背負われていた私は、よいしょと彼の背中から降り、両手を合わせて頭を下げた。このダンジョンのような物の中にはベッタベタな罠が沢山仕掛けられており、私はことごとくそれらに引っかかってしまっていたのだ。
決して私が鈍臭いわけでも、ドジっ子系ヒロインなわけでもない。皆の罠に対する勘が超人過ぎるだけで、普通は絶対に引っかかるレベルのものだった。矢、超飛んでくる。
とにかく、私が歩けば罠に当たる、ということで私は吉田に背負われることになった。本当に申し訳ない。けれどそのお蔭で、罠に関して問題はなくなったのだけれど。
「ていうか私、魔物に狙われてない……?」
「狙われてるな」
「狙われてるわね」
そう、ここにはなんと魔物がいたのだ。強さは大したことのないものばかりらしく、テレーゼとヴィリーが一瞬で全て倒してくれている。
しかし何故か魔物は皆、私めがけて攻撃をしてくるのだ。一体どうしてだろう。やめて欲しい。
するとラインハルトが「魔物に好かれやすい人っているらしいけど、それなのかな」と呟いた。そんな恐ろしい体質の人がいるなんて、と震えてしまう。けれど、私ばかりここまで狙われているのは異常らしい。
「あとは魔寄石くらいだけど、そんな物をレーネちゃんが持っているはずもないし」
「魔寄石?」
「うん、魔物を引き寄せる為の石だよ」
「石……」
そしてふと、今朝ポケットの中にあった赤い石を思い出した私は、まさかと思いながらも「あの、これはただの綺麗な石だよね?」と手のひらに出して見せてみる。
するとその途端、吉田の怒号が飛んできた。
「バカかお前は!?」
「ひいっ」
「これが魔寄石だ! 何故こんな物を持っている、騎士団が魔物を引き付ける時に使う物だぞ」
「えええ」
どうしてそんなとんでもアイテムが、私の体育着のポケットの中に。訳がわからなすぎる。けれど、私ばかりが魔物に狙われる原因が分かり、同時に安堵した。
吉田は私の手から石を取ると、湖の奥底に投げ入れる。
「なんかごめんね、びっくりした……」
「いや、今のうちに気が付いて良かった。多分だが、少しずつ魔物のレベルが上がってきている気がする」
「えっ」
恐ろしい話に、一気に不安になってしまう。出口はまだまだ見えないのだ。神様は乗り越えられない試練は与えないと言うけれど、ゲームシステムも同じだと思いたい。
「おい、逃げるぞ!」
「えっ」
そんな中、ヴィリーの声に顔を上げると同時に、轟音が聞こえ湖から水が溢れ出してくるのが見えて。いい加減にして欲しいと心の底から思いながら、私は走り出した。
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