宿泊研修 2
「トミーくんが作ってくれた夕食、美味しかったね」
「ああ。店で食べるやつの味したよな」
「分かる」
美味しい夕飯をいただいた後、私達は告白タイムに向けて作戦通りに動きだした。
とは言え、私達が使っている部屋で二人を引きあわせるだけなんだけれど。その間、私とテレーゼ、ユッテちゃんはヴィリー達の部屋で待機させてもらうことになっている。
「う、うまくいきますように」
「なんでお前が緊張してるんだよ」
そして無事に二人きりにした後、何故か私はずっと緊張し続けていた。好きな人に好きだと伝えるなんて、どれだけ勇気のいることなのだろう。心の底から尊敬してしまう。
最後にリンジーちゃんを見た時、彼女の手が小さく震えていたことにも気が付いていた。ぎゅっと両手を握り合わせ、彼女の思いが届きますようにと祈らずにはいられない。
「まあ、確かにすごいよな。断る時もすげー気遣うもん。泣かれたりすると、本気で困るし」
「なるほど……」
前世でも、告白をしたこともされたことも無かった私にとっては、未知の世界だ。小学生扱いしていたヴィリーが、急に大人に見えてくる。
「レーネはお兄さんが代わりに断ってくれそうよね」
「確かに」
「むしろ、告白すらさせなさそうじゃね?」
体育祭でも、異性と二人で歩いていただけで飛んできた兄なのだ。十分あり得る。そして兄のシスコンぶりが周知の事実になり始めているけれど、大丈夫だろうか。
そうしてドキドキしながらお喋りをして待っていると、やがて部屋のドアが開いて。しっかりと手を繋ぎ、照れ臭そうに微笑み合って現れた二人を見た瞬間、私はぼろぼろと泣き出してしまっていた。
どうやら告白は大成功したらしく、皆それぞれ「おめでとう」「良かったね」と声を掛けていく。
「レーネちゃんも、本当にありがとう。泣かないで」
「ご、ごめん、おめでとう……良かった……!」
なんでお前が一番泣いてるんだよ、と周りから突っ込まれながらも、全力で二人を祝福した。
幸せそうな二人がとても眩しくて、嬉しくて。自分でも驚くくらいに、胸を打たれていた。そんな私の涙を、ごしごしと体育着の袖でヴィリーが拭ってくれている。
「普段ツンツンしてるお前の泣き顔、ぐっとくるな」
「なに言ってんの」
思わず笑ってしまったことで、涙も引っ込んでいく。それからは消灯時間ギリギリまで、皆でお菓子とジュース片手にお祝いパーティーをした。
ずっと繋がれたままの二人の手を見ながら、私も胸の中がじんわりと温かくなっていくのを感じていたのだった。
「リンジーちゃんとドミニクくん、今は恋人同士なんだ」
「ええ。なんだか照れるわ」
「本当に素敵だね、まだドキドキしてる」
部屋に戻り寝る支度を済ませ、ベッドに入ってからも、私達は変わらず恋愛についてのお喋りを続けていた。お泊まりイベントの醍醐味という感じで、ワクワクしてしまう。
「誰かを好きになるって、どんな感じなの?」
「一日中相手のことを考えてしまったり、嬉しいことがあれば一番に伝えたくなったり、本当に世界が変わるの」
「世界が、変わる……」
恋をするというのは、本当にすごいことなのだと改めて認識する。他人だった二人が出会い、こうしてお互いに好きになるなんて、本当に奇跡みたいなことだと思う。素敵だ。
「私にはまだ、そんな相手いないなあ。ねえ、レーネちゃんは嬉しいことがあったら、一番に誰に話したいと思う?」
「やっぱり兄かな」
「そうなんだ、本当に仲が良いね」
ユッテちゃんのそんな問いに対し、私の口からはすんなりとユリウスという答えが出てきた。いつの間にか、私もブラコンになり始めているのかもしれない。
けれどきっと兄なら私の頭を撫で、「良かったね」と笑顔で話を聞いてくれるという、そんな確信があった。
「私にも弟がいるんだけどね、お姉ちゃん大好きって言ってくれるの。いつか恋人が出来たりしたら寂しくて死ぬかも」
「可愛いね、羨ましいな」
「レーネちゃんも、お兄さんにたくさん好きだって伝えてあげるといいよ。絶対喜ぶから」
先日、一番頼りにしているとは言ったものの、兄に対して好きだと言葉にして伝えたことはなかった。友人達には日頃から好きだと口にしているのに、不思議な話だ。
前世で同じ施設にいた兄妹の妹の方も、口癖のように「お兄ちゃん大好き」と言っていた記憶がある。
今朝はバタバタしていて、髪飾りのお礼も十分に言えていなかったのだ。帰宅後はお礼と共に、たまには好きだと伝えてみるのもいいかもしれない。
「レーネちゃん、眠くないの?」
「嬉しくて胸がいっぱいで、ドキドキして眠くならないの」
「ふふ、ありがとう。優しくてかわいいレーネちゃんもいつか、素敵な恋ができますように」
今までは、漠然と恋がしたいなんて言っていたけれど。幸せそうな二人を見てからというもの、私の胸の中には今までとは違う、はっきりとした恋愛への憧れが芽生えていた。
「恋人が出来ても、私とも仲良くしてね」
「当たり前だよ! テレーゼのこと大好きだもん」
「良かった。私も好きよ」
それから私はテレーゼのベッドにお邪魔して、二人で手を繋いで眠りについたのだった。
◇◇◇
翌朝。食堂でお腹いっぱい朝食を食べた私は、長い髪を緩めのポニーテールにまとめて気合を入れた。今日の自由行動を、私は何よりも楽しみにしていたのだ。
「……あれ、なんだろう。これ」
そんな中、体育着のポケットに真っ赤な石が入っていることに気が付いた。見覚えはないものの、綺麗な見た目のそれを捨てるのも勿体ない気がして、そのままポケットに戻して部屋を出る。
そして予定通りテレーゼ、ヴィリー、吉田、王子、ラインハルトと合流した。大好きな友人たちと一日中一緒にいられると思うと、嬉しくて浮かれてしまう。
「レーネちゃん、その髪型似合ってる。かわいいね」
「ありがとう」
「今日はずっと一緒に居られるなんて、幸せだな」
「うん、楽しもうね」
ラインハルトは私の手を取ると、嬉しそうに微笑んだ。髪を片耳にかけている彼は、今日も抜群に顔がいい。
今日は皆で山の中の穏やかなコースをのんびりと歩き、途中の小屋でお昼を食べるという予定だ。
体力のない私に合わせてくれていて、適度に休憩を挟みつつ、皆でお喋りをしながらゆっくりと歩いていく。
木々の優しい香りや耳心地の良い小鳥達のさえずり、そして美味しい空気に、心が洗われていくような気がする。元々インドアだった私は、こうして自然に触れることの楽しさや素晴らしさを初めて知った。
「吉田、それ私の水筒なんだけど」
「ゲホッ」
「さりげなく私のファースト間接キスを奪うなんて……なんという策士」
二時間ほど歩いたところで再び休憩をしていると、地図に視線を落としながら水筒に手を伸ばした吉田が、うっかり間違えて私のお茶を飲んでいて。
すかさず茶化しながら突っ込んだところ、彼は顔を真っ赤にして、思い切り咳き込んだ。
すると、私の隣でそんなやり取りを見ていたらしいラインハルトが「は?」と突然、低い声を出した。
私の水筒を奪うと「洗ってくる」「レーネちゃんは僕のを飲んで」と彼は自身の水筒を私に押し付け、歩いて行く。大丈夫だろうか。
「吉田お前、積極的だな。やるじゃん」
「バカを言うな。それに、俺だって初めてだ」
「分かった。私、責任取るよ」
「うるさい」
平静を装ってはいるけれど耳まで真っ赤な吉田をヴィリーと共にいじっていると、王子が小さく笑ったのが分かった。彼も楽しんでくれているといいなと、嬉しくなる。
「ねえ、変なものがあったんだけど。皆にも見て欲しい」
「何かあったの?」
やがて戻ってきたラインハルトがそう言ったことで、私達は一体何だろうと、コースを外れて彼の後を付いていく。
「……なに? これ」
「こんなもの、なかったはずだが」
するとそこにはどう見ても怪しい、大きな祭壇のようなものがあった。地下に続く、入り口のようなものまである。
こんな大掛かりなものが地図には載っていない上に、誰も存在を知らなかったなんて、おかしいにも程がある。
「すげー! 面白そうだし、探検してみようぜ」
「セオドア様もいるんだ、そんな訳にはいかないだろう」
「……レーネ? 顔色が悪いけど、大丈夫?」
言葉を失っている私を見て、テレーゼは心配そうに顔を覗き込み、手を握ってくれた。
なんだかベタなトラブルが起こりそうな、とてつもなく嫌な予感がするのだ。普段は全く仕事をしない、私のヒロインとしての勘が今すぐここを離れろと言っている。
「ねえ、急いでここから──」
そう言いかけた瞬間だった。ガコンという妙な音がしたかと思うと、地面が大きく揺れて。数秒の後、地面が消えた。
そして叫ぶ暇もないまま、私達は足元に広がる暗闇に吸い込まれていったのだった。
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