もしも、だったとして
書籍化が決定しました!ありがとうございます!
「私とユリウスが、兄妹じゃなかったら……?」
「うん」
突拍子もないそんな問いに、戸惑ってしまう。
この世界に来てすぐに、私はユリウスを兄だと認識したのだ。だからこそ、考えてみたこともなかった。
とは言え、そのまま答えてはつまらない奴で終わってしまう。何とか兄が一人の異性だったらと仮定し、考えてみる。
まず、私と彼は間違いなく住む世界が違う人だろう。妹でなければ関わることすらないくらい、目の前の彼は何もかもが完璧で、とても遠い人だった。
「……普通に、好きになってたかもしれない」
その上で、いつもの彼のシスコンによる特別扱いが、一人の女性に対してのものだったなら。私だって、恋に落ちてしまってもおかしくはない。むしろ、好きにならない女性がいるのかと問いたい。兄は女性の扱いが上手すぎる。
だからこそ、そう答えれば「へえ?」とユリウスは形の良い唇で美しい弧を描いた。
「本当に? 兄妹じゃなかったら、俺のこと好きになる?」
「うん。でも、もしもの話だよ、もしもの」
「あはは、そうだね。もしも、ね」
そう言った兄は、驚くほどに上機嫌だった。こんなにも嬉しそうな兄は初めて見たかもしれない。
やがて彼は私の頬へ手を伸ばすと、そっと撫でて。くすぐったさに目を細めれば、彼は「そうだ」と微笑んだ。
「俺の一番もレーネにあげる」
「えっ?」
「二番以降が存在しないし、本当に特別だよ」
「ふふ、なにそれ」
そんな本当かどうか怪しいことを言ってのけた兄は、その日から今まで以上に優しくなり、少し怖いくらいだった。
◇◇◇
「あ、あり得ない……」
「よろしくな、レーネ」
「本っ当に嫌だ、よろしくしたくない」
数日後の昼休み、私は机に突っ伏して頭を抱えていた。来月の宿泊研修の班をくじ引きで決めたのだけれど、私はなんとヴィリーと同じ班になってしまったのだ。
本気で勘弁してほしい。食事も自分たちで作るらしく、余計に気が重くなった。彼と一緒に作業をして、まともな食べ物など作れる気がしない。
先日の魔法薬学の授業だって、不器用を超えて訳のわからないことをする彼のせいで、変な液体が私の髪にべったりと付き、二日くらい妙な匂いが取れなかったのだ。
「ねえ、本当になんであんなことになるの?」
「なんか手が言うこと聞かねえんだよな」
「人間は初めて?」
もう何を言っても無駄だろうと思った私は、「とにかく余計なことはしないで」「料理をしている間は半径2メートル以上鍋には近付かず、どこかへ行っていて」とお願いした。
これはお互いのため、他の班員の夕飯のためでもある。
「レーネと同じ班なら良かったんだけど」
「ね。でも二泊三日だし、沢山おしゃべりしようね」
「ええ、もちろん」
ヴィリーのせいで多少気は重いものの、自由時間はテレーゼと一緒だと思うと、やはり胸が弾んだ。
宿泊研修はとある山へ行き、二泊三日の間にハイキングをしたり釣りをしたり、自然の中で一年生同士の交流を深めるのが目的なんだとか。それならまず、あの色分けされた体育着の着用はやめるべきだと提案したい。
とは言え、初めての友人達とのお泊まりなのだ。とても楽しみで、今からワクワクしてしまう。
「レーネちゃん、一緒にお昼食べない?」
そんな中、教室のドアのあたりから私に声をかけたのはラインハルトだった。今日も彼は抜群に顔が良い。
「もちろん、テレーゼも大丈夫?」
「ええ」
「あ、俺も今日弁当忘れたから一緒に行くわ」
「うん、行こう」
そうしてヴィリーも加わり、四人で食堂へと向かうことになった。ラインハルトとヴィリーは体育祭の応援を一緒にしていたことで、仲良くなっていたのだ。正反対に見える二人だけれど、意外と気は合うらしい。
ラインハルトは吉田にも懐いているようで、勝手に親のような目線で彼を見守っている私は、彼に友人と呼べる存在ができたことを内心とても嬉しく思っていた。
やがて一般生徒用の学食へと着き、それぞれ好きなものを注文した私達は、料理の載ったトレーを手に空いていたテーブルを囲んだ。テレーゼには一般用に付き合わせて申し訳ないけれど、彼女は全く気にしていないようで安心する。
「あ、ユリウスだ」
すると、少し離れたテーブルに兄の姿を発見した。もちろんアーノルドさんも一緒だったけれど、なんと兄の隣には見知らぬ美女の姿があった。彼女の胸元のブローチは、眩しい金色に輝いている。なんというハイスペ美女。
「あれ、ユリウス様に声かけないの?」
「うん。やめとく。それにしてもあの女の人、すっごい美人だしオーラがあると思わない?」
「彼女は公爵令嬢だもの」
「ええっ」
兄は私の存在に気が付いていないようで、なんとなく声をかけるのは憚られた。そして流石の兄だ、一緒にいる女性のレベルまで高すぎる。
義姉になる人もきっと、あんな感じなのだろう。ジェニーだけは流石に勘弁してほしい。想像が膨らみ、義姉には可愛がって貰えたらいいなと思っていると、隣に座っていたラインハルトがじっと、こちらを見ていることに気が付いた。
「レーネちゃんが一番、綺麗だよ」
「ええっ、ありがとう。そんなことを言ってくれるのはラインハルトと吉田だけだよ」
「吉田さんも?」
「適当なことを言うな、バカ」
そんな雑な吉田ジョークを言っていたところ、ちょうどトレーを持った吉田が現れた。そのすぐ後ろにはセオドア王子の姿もある。
なぜ二人が一般の食堂にいるのかと尋ねたところ、こちらにしかないメニューを食べたい日もあるからなんだとか。それも、王子たっての希望らしい。
なんだか意外だけれど親近感が湧いた私は、無理やり吉田たちを隣のテーブルに座るよう促した。好きな人達に囲まれて食事が出来るなんて、本当に幸せだ。
思ったことをそのまま口に出せば、吉田は「本当に恥ずかしい奴だな」なんて言いながらも、私の好物であるデザートのプリンを私のトレーの上にさりげなく置いた。好きだ。
「宿泊研修の二日目って、ほぼ丸一日自由時間らしいんだ。他クラスの人と過ごしても良いみたいだから、レーネちゃんと一緒に居たいなと思って」
「わあ、いいね! そうしよう」
ラインハルトのそんな提案に、首を縦に振る。そして私はふと、良いことを思いついてしまった。
「ねえ、二日目はここにいる皆で行動しない?」
「は?」
「みんなと一緒に思い出を作りたいなって」
「お、いいじゃん。そうしようぜ!」
そう提案すれば、ヴィリーの言葉を皮切りに皆了承してくれた。吉田も「仕方ない」なんて言っているし、王子は無反応だったけれど、OKというオーラを出している気がした。
そして6人で自由行動をすることになった私は、これ以上ないくらいに浮かれていたのだけれど。
──まさか楽しいはずのハイキングが、命懸けのとんでもないものになるなんて、想像すらしていなかった。
タイトルや前書きにあります通り、なんとこの度こちらの作品の書籍化が決定致しました……!!
いつも応援してくださっている皆様のお蔭です!本当に本当にありがとうございます。
レーネが、ユリウスが、そして吉田達が本という形になること、とってもとっても楽しみです。
詳細は後日、活動報告やツイッター(@kotokoto25640)にてお知らせいたしますので、お気に入りユーザー登録やフォローなどしていただけると嬉しいです。
今後とも頑張りますので、よろしくお願いいたします!
琴子