話せば分かるとは言うけれど 2
まさかすぎる質問に驚きつつも、こんなことを一番に聞くくらいなのだ。王子、怒っていないのではと内心安堵する。
「…………」
「…………」
そしてまた、沈黙が流れた。
吉田のあだ名の由来のみで、会話が終わってしまった。そんなにも気になっていたのだろうか。とにかく、初会話のきっかけをくれた吉田には心の底から感謝した。好きだ。
それからは再び王子と見つめ合う謎の時間を過ごしていた私は、罪悪感に苛まれ始めていた。
王子はこんなにも優しく、二度も私を助けてくれた。それなのに私といえば自身のために挨拶をしたり、こんな事故に巻き込んでしまったりと迷惑な人間でしかない。
やがて私は「あの」と口を開いた。
「ごめんなさい。私、最初はずっとセオドア様に邪な気持ちで挨拶をしていたんです」
「…………」
「けれど今はそんなつもりはありません。もちろん迷惑でしたら、二度とお声はかけません。本当にごめんなさい」
「…………」
こんな謝罪も結局、自己満足でしかない。それでも彼に対して、少しでも誠実でいたいと思ってしまう。
何より魔力量のためではなく、彼と普通に友人になれたらいいなと今は思っていた。流石に烏滸がましい望みだと分かっているから、決して口には出さないけれど。
1分ほど静かな時間が続き、やがて王子は口を開いた。
「……俺は、誰でも助ける訳じゃない」
「えっ?」
「お前が悪い奴ではないことくらい、分かる。それにマクシミリアンもお前のことを褒めていた」
「よ、吉田が私を……!?」
この場にいないというのに、吉田のアシストが強すぎる。
「挨拶も話しかけられるのも、迷惑じゃない」
「ほ、本当ですか? ありがとうございます……!」
嬉しくなり笑顔でお礼を言えば、ほんの少しだけ彼の口角も上がったような気がした。
あれからすぐ、教師が助けに来てくれて。無事に学園に戻ってきた後、保健医による診断を終えた私は付き添いの吉田と共に椅子に並んで座っていた。王子は別室でしっかりと、医者に診てもらっているようだ。
すべて王子によって完璧に治して貰ったようで、私は無傷だった。どうやら彼はただの事故だと説明してくださったようで、私は何のお咎めもなく。王子の優しさにひたすら感謝した。本当に、いくらお礼を言っても言い足りない。
今度吉田にアドバイスをもらい、何かお礼をしなければ。
「すごく優しいね、セオドア様」
「ああ。その上、とても聡明なお方だからな」
「そう言えば初めてお話しもできたよ、吉田の話だけど」
そうして嬉しかったことを伝えると、やがて吉田は「呑気だな」と深い溜め息を吐いた。
「その間、俺は本気で寿命が縮まるかと思っていたんだぞ」
「ごめんね。目の前で友達の王子様があんな風に崖から落ちていったら、心配にもなるよね。本当に申し訳ない」
そう言って謝れば、吉田は眉を顰めて。何故か少しだけ、悲しそうな表情を浮かべていた。
「……前回閉じ込められた時もそうだったが、何故お前は自分も心配されていたとは思わないんだ」
「え、」
突然の問いに、私は戸惑いの声を漏らしてしまう。確かに自身が心配されているなんてこと、頭になかった。
そして、気付いてしまう。私にそんな発想がないのはきっと、今の家族のせいだけではない。前世からの癖だ。私を本気で心配してくれる人なんて、長い間いなかったから。
なんと答えていいのか分からず言葉に詰まっていると、吉田は「バカめ」と呟いた。
「お前のことだって、心配していたに決まっているだろう」
「…………」
「俺だけじゃない、お前の友人だって兄だってそうだ」
どうやらテレーゼやユリウスも、私が失踪したという知らせを受け、心配してくれていたようだった。悲しくもないのに泣きたくなって、じわじわと胸の奥が暖かくなっていく。
「お前は自分が想像しているよりもずっと、周りから大切に思われていることを自覚したほうがいい。お前の為でもあるし、周りの人間に対しても失礼だ」
彼の言う通りだ。私が心配する側の立場だったなら、きっと寂しく、悲しく思うだろう。
「……吉田の言う通りだね。教えてくれてありがとう。私、吉田と友達になれて本当に良かったなって思うよ」
「フン、恥ずかしい奴だな」
そう言うと、吉田はふいとそっぽを向いた。照れ屋さんなところも好きだ。実年齢で言えば私の方が少し歳上だというのに、彼の方がずっとしっかりしているような気がする。
皆に心配をかけてしまい、とても申し訳なかったけれど。同時に、嬉しくもあった。これからも、そんな周りの人々を大切にしていきたい。
「お前の兄の慌てよう、見せてやりたかったぞ」
「えっ、そんなに?」
「今すぐ探しに行くと言って、聞かなかったからな。流石に止められていたが」
そんな話に、また胸の奥があたたかくなる。とても嬉しい時に人は泣きたくなるのだと、知った。
……この後、吉田への愛が爆発し彼の腕にしがみ付いていたところにユリウスがやってきて、かなり面倒なことになったのは、また別の話で。
ちなみに翌日から、王子に挨拶をすると10回に1回くらいの確率で「ああ」という言葉が返ってくるようになった。