話せば分かるとは言うけれど 1
「あの、本当に本当に申し訳ありませんでした」
「…………」
「もしかして私、捕まったりとかします……?」
「…………」
恐る恐るそう尋ねてみても、やはり返事はない。土まみれでボッロボロの体育着を着た私は今、同じくボロボロのそれを身に纏うセオドア王子と共に、謎のあばら屋にいた。
少し離れた場所に座る彼の表情はいつもと変わらず、何を考えているのかさっぱり読めない。
──そもそも、一体どうしてこんな訳の分からない状況になってしまったのか。話は数時間前に遡る。
◇◇◇
「うわあ、気持ちわる……」
ユリウスの誕生日から、三日が経った。ちなみに誕生日プレゼントもとても喜んでくれたようで、本当に良かった。
今日は朝から魔法薬学の授業の延長で、薬草や実験用の生物の採取をするため、学園の裏山へとやって来ている。2クラス合同で、他クラスの生徒の姿もあった。
リストにある物を採取すればするほど、評価は上がるらしい。日頃ヴィリーに足を引っ張られまくっているため、少しでも挽回せねばと私は気合いを入れた。
薬草よりも生物の方が得点になるらしく、泣きながら気色の悪い虫やカエルを捕まえては特殊なカゴに入れていく。テレーゼは薬草のみを集めるらしく、別行動をしている。
「あ、吉田! おはよう!」
「お前か」
そんな中、森の奥で吉田とセオドア王子を発見した私は、魔道具である虫取り網をぶんぶんと振った。吉田のカゴは空っぽで、どうやら彼は虫やカエルを避けているらしい。
「吉田、変わったね……あの頃は夢中で追いかけてたのに」
「お前は俺の何を知っているんだ」
日頃のお礼に数匹分けてあげようかと提案したけれど、持つのもイヤなくらい嫌いなのだという。とは言え、彼は日頃から成績も良いだろうし何の心配もないだろう。
「こんにちは」
「…………」
すると、じっと王子がこちらを見ている気がして。いつものように挨拶をしてみたものの、やはり返事はない。
吉田とお喋りはしたいけれど、時間は限られている。それじゃあまた、と彼らの横を通り過ぎようとした時だった。
「っおい! 足下に、」
「えっ?」
吉田のそんな声と同時に自身の足元を見れば、しゅるりと見たこともない太い真っ黄色の蛇が絡み付いていた。気付いた時にはもう遅く、物凄い勢いで引きずられていく。
引きずられていく先に、道はない。慌てた私は、反射的にすぐ目の前にあった王子の右手を掴んでいた。同時に、自身がとんでもない間違いを犯してしまったことに気が付く。
「は、」
あ、初めて王子の声を聞いたな、と思った時にはもう浮遊感を感じていて。数秒の後、頭にものすごい衝撃を感じた私の意識は、そこでぷつりと途切れた。
そして目が覚めた時には、このあばら屋の床に寝かされていたのだ。頭の下には、折り畳まれた王子の上着があった。
私の推理によると、王子を巻き込み崖から落ちた私は頭を打ち意識を失った。そんな不敬過ぎる最低な私を、王子は近くにあった小屋まで運び、治癒魔法で怪我を治してくれたに違いない。確認したけれど、痛みは全くないのだ。
次の瞬間、私は飛び起きて両手と頭を木の床に突いた。
「ま、巻き込んでしまい、大変申し訳ございませんでした」
「…………」
「助けていただき、ありがとうございます」
二人で崖っぽいところから落ちるなんて、これまたベタすぎるイベントだけれど。今回ばかりは相手が悪すぎた。
一国の王子を事故に巻き込み、失踪させてしまったのだ。これはもう、時代によっては国家なんとか罪とかに値するレベルだろう。今頃、大騒ぎになっているに違いない。
流石に魔法ですぐに見つけて貰えるとは思うけれど、あまりの申し訳なさに押し潰されそうになる。それと同時に、王子の優しさに心を打たれていた。私に対して怒るのが普通だろうに、彼はこうして助けてくれたのだから。
「…………」
「…………」
エメラルドのような彼の美しい瞳は、絶えずまっすぐに私へと向けられている。冗談抜きで穴が空きそうだ。
私も視線を逸らすのはなんだか失礼に思えてきて、正座のまま二人で無言で見つめ合う謎の状況が続く。
──こうして見ると、本当に美しい人だなと改めて思う。流石パッケージのセンターを飾っているだけある。睫毛まで金色で長いなあ、綺麗だなあと思っていた時だった。
「…………何故、」
「!?」
突然、王子が口を開いたのだ。たった2音でもどきりとしてしまうような、低く艶のある声だった。うっかり驚きすぎてしまったものの、なんとか「ハイ」と言葉を絞り出す。
何故俺を巻き込んだとか、そういうお叱りのお言葉が続くに違いない。正座のまま姿勢を正し、次の言葉を待つ。
「何故、マクシミリアンをヨシダと呼んでいる」
「青い眼鏡を掛けた知人の吉田に似ているからです」
これが、私と王子との記念すべき初会話となった。