優しい未来へ 2
「お前だって、大切だよ」
その短い言葉からも、ユリウスが心からそう思っているのが伝わってくる。
ユリウスもルカのことを大切に思ってくれているのは分かっていたけれど、こうして言葉にするのは初めてで、胸がいっぱいになった。
「……そっか」
少しの後、呟いたルカはユリウスの肩を掴んだまま、大きな背中に顔を埋めた。
ルカも素直じゃなくて不器用な面があるけれど、私よりもずっとずっと嬉しかったに違いない。
「……姉さんもユリウスも、ありがとう。俺、ちゃんと変わるから」
やがてルカは、真剣な声でそう言った。ルカがユリウスの名前を呼ぶのも、初めて聞いたように思う。
「ルカは元々変わる必要なんてないよ。明日からもたくさん、一緒に楽しく過ごそうね」
「これからは何もかも、お前の好きに過ごせばいいよ」
「……うん」
たくさん辛い思いをした分、ルカにはこれから先の人生で、その何倍も何十倍もたくさんの楽しいことや嬉しいことがありますようにと、祈らずにはいられない。
そしてそのお手伝いを、これから先もずっとルカの側でしていきたい。
「とりあえずレーネの父さんには、俺が最高の夫になりそうだって伝えておいて」
「は? 調子に乗るなよ」
「ふふ」
結局いつものように言い合いをする二人に、幸せな笑みがこぼれた。
けれどユリウスがしんみりとした空気を変えるために言ってくれたのだということだって、私もルカも分かっている。
二人の距離がさらに近づいたのを感じながら、これから先ずっと、穏やかで平和で幸せな日々が続くことを祈らずにはいられなかった。
◇◇◇
三日後、私達は三人でいつもの食堂を訪れていた。
今日はルカの大好きな肉野菜の炒め物がメインで、あっという間にルカの皿が空になっていく。
「聞いたか? 西に続いて東のマフィアも壊滅したって話」
「ああ、物騒だよなあ。そのうち南もやられて、東西南北が統一される日も近いかもな」
「北がトップになれば、治安もよくなりそうだ」
隣のテーブルで食事をしていた男性客達が、そんな話をしているのが聞こえてくる。
──なんとあの翌日、ブレアさんは東のマフィアも壊滅させたらしい。
西との抗争でダメージを負っていると考えた東のマフィアが、今がチャンスだろうとすかさず北に攻め込んできたところを、返り討ちにしたんだとか。
「あいつ、それも想定して大袈裟にやられたふりをしてたんだよ」
「さ、流石すぎない……?」
やはりブレアさんは絶対に敵に回したくないと、心の底から思う。
西と東が壊滅した今、もうルカの安全を脅かすものは何もなくなり、これからは本当に平穏な日々を過ごすことができるはず。
子ども達も無事のままこれまで通りの生活を送れているそうで、安心した。
ユリウスが勝負に勝ったことでブレアさんに対して「対価」を払う必要はなくなったけれど、いつか別の形で恩返しをしたいとは思っている。
そんなことを考えていると、ルカの食事をする手が止まっていることに気付く。
「ルカ、どうかした?」
「……なんか、夢みたいだなって」
「えっ?」
「もう、こんな風に過ごせないと思ってたから」
眉尻を下げて笑うルカは本当に一度、全てを諦めてしまったんだと思う。
けれどこうして全員が幸せになれる結果になって、本当に良かった。
「レーネのお蔭だよ。レーネはずっとお前を心配して、信じてたから」
「ううん、みんなのお蔭だよ! ユリウスだって一番活躍してくれたし」
私一人では何もできないし、いつだってユリウスや周りの人達のお蔭で、とんでもないピンチも乗り越えることができているのだから。
「それにルカがこれまでたくさんたくさん頑張ったから、この結末に辿り着けたんだよ」
ルカが諦めずにいたからこそ、子ども達は無事でいられたのだ。そんな中でも、ルカは私を巻き込まないようにと一人で頑張り続けていた。
「優しくて強くてまっすぐなルカは、私の自慢の弟だよ」
「……ありがとう」
泣きそうになるからやめて、とルカは隣に座る私の頭に肩を預ける。
愛おしくて可愛くて桜色の髪を撫でていると、おばあさんが側へやってきた。
「あら、ルカちゃんはたくさん頑張ったんだね。それならこれ、良かったらご褒美にどうぞ」
そうして差し出してくれたのは、可愛らしい人形の形をしたクッキーだった。
「この辺りでは良いことがあると、神様に感謝してこのお菓子を作るんだよ。そのお裾分け」
「……良いことがあったんだ?」
「ええ。ずっと不安だったことがなくなって、安心して暮らせるようになったんだよ」
きっと地上げの件が解決したことを言っているのだろうと、すぐに分かった。けれど私達は何も知らないふりをして「それは良かったですね」と笑顔を向けた。
「そっか。……ばーさん、長生きして店ずっと続けてよ」
「ルカちゃんがそう言ってくれるなら、頑張らないとねえ」
嬉しそうなルカの眩しい笑顔を見つめながら、この優しくて平穏な日常を噛み締めていた。




