優しい未来へ 1
「うわあああん……ぶ、無事で良かった……ひっく……」
「ぐすっ……本当にありえねえ、何なのお前……うっ……」
「……無事に全て治したし平気だから、もう泣かないでほしいな」
地面に横たわっているユリウスにしがみついて号泣し続ける私とルカを見て、ユリウスは困ったように笑っている。
──レンブラントを倒した後、屋敷の外で待機していた治癒魔法使い総出で治療をして事なきを得たけれど、本当に本当に怖くて、ユリウスが死んでしまうかもしれないと思った。
「ちゃんと刺すときは急所は外したし、潰しても死なない内臓を選んだから大丈夫だよ」
「ぜ、全然、大丈夫じゃないよ……」
世の中には絶対なんてないし、手元が狂ってしまっていたら、どうなっていたか分からない。
ユリウスの身体からは信じられないほどの血が流れていて、あの血溜まりを思い出すだけでも全身が冷え切っていく感覚がした。
「あいつの苦しむ姿、すかっとしたしね」
「そ、それどころじゃないっての……」
ぐすぐすと泣き続けているルカの言葉に、心から同意する。レンブラントは死なない程度の治療をされ、ブレアさん達が身柄を確保しているそうだ。
『俺が一生をかけて死ぬよりも辛い目に遭わせておくから、安心してね』
ブレアさんの目は笑っていなくて、これからどんな目に逢うのか想像しただけで悪寒がした。
きっと先程よりもさらに苦しくて辛いことが待っているのだろう。どうかいつか、悔やみ反省する日が来ることを祈らずにはいられない。
そんなことを考えていると、再びブレアさんその人がやってきた。
「お疲れー、お蔭で一人残らず駆除できたよ。ありがとね」
無事に後処理も進んでいるらしく、ご機嫌なブレアさんは横たわったままのユリウスの側にしゃがみこむ。そして人差し指で頬をつつき、思い切り振り払われた。
「話は聞いたよ、やっぱりお前もイカれてるね。普通なら内臓ひとつ目で気絶してるって」
「…………」
「レンブラントもよく耐えた方だって。お前とレーネ、イカれたもの同士お似合いだよ」
「ありがとう」
「ははっ、そこは素直に受け取るんだ。面白すぎ」
楽しげなブレアさんは「まだ元気があるなら、泣いてないで手伝ってよ」と言い、ルカを連れて半壊した本拠地の方へと向かっていく。
ちなみにアーノルドさんもまだ元気が有り余っており、手伝いをし続けているらしい。この場には私達だけになり、ユリウスはくしゃりと前髪をかき上げた。
「……あー、痛かったな」
「当たり前だよ……あんなの、耐えられる方がおかしいよ……」
どれほど精神力が強ければ、あれほどの苦痛に耐え続けられるのだろう。私なら間違いなく、最初に腹部を刺す時点で、耐えられなくなっていたはず。
むしろ自分で刺すことすら、恐ろしくてできないかもしれない。そんなことを考えては再び涙ぐむ私の頭をそっと撫で、ユリウスはふっと笑った。
「愛の力だよ」
「…………っ」
普段なら「もう」なんて言って笑い飛ばしていたに違いない。けれど今は、その通りだろうと心から思えていた。
「……大好き」
「俺もだよ」
「ルカを助けてくれて、本当に、本当にありがとう……」
「どういたしまして」
私はユリウスの胸に顔を埋め、子どもみたいに泣いてしまったのだった。
◇◇◇
全てが終わった後、私達三人は徒歩で帰路についていた。
後処理の途中で騒ぎを聞きつけた騎士団が駆けつけてしまい、慌てて逃げ出した結果、こそこそと路地裏を通って屋敷を目指している。
「……あいつ、絶対に許さねえ」
苛立ちを露わにしているルカは現在、ユリウスに背負われていた。
実は騎士団が来る前にブレアさんに散々こき使われた結果、魔力切れを起こすギリギリの状態になり、もう立ち上がることさえ困難な状態になってしまったからだ。
そして一応は回復したユリウスが、ルカを背負って歩いてくれている。
アーノルドさんは自宅が反対方向のため、逃げ出す際にお礼を言って別れていた。
「……自分で歩ける」
「今さら強がらなくていいから、大人しくしてて」
こうして見ると、仲の良い兄弟みたいで微笑ましい。けれど口に出せば素直じゃない二人ともに文句を言われそうで、心の中に留めておく。
「……でも、全員が無事で良かった」
ぽつりと呟かれたユリウスのその言葉には深い安堵の気持ちが込められていて、ずっと私達の心の支えになってくれていたけれど、やはり相手が相手なだけに不安はあったのだろう。
「確かに姉さんが危険な目に遭わなくて良かった」
「お前もだよ」
前を向いたまま、ユリウスは当然のようにそう言ってのけた。ルカが小さく息を呑んだのが分かる。




