悪と悪 2
やがてブレアさん達と合流する地点で馬車を降り、出迎えてくれた人を見た瞬間、息を呑んだ。
「お疲れ、待ってたよ。もう準備は万端だから安心して」
「えっ……」
昨日までは美女の姿だったブレアさんが、黒スーツを着た美男の姿になっていたからだ。固まる私を見て、ブレアさんは「ああ」と納得した様子を見せた。
「流石の俺も、こういう場ではちゃんとするよ。どう? かっこいい?」
「は、はい! それはもう!」
元々整った顔をしていたし美形なのはもちろんだけれど、ブレアさんの正装姿はマフィアのボスだという貫禄が滲み出ていて、背筋が伸びてしまうような緊張感がある。
「ありがと。レーネもその格好、似合ってるよ。やっぱり女の子はいいね」
「レーネ、変態とは余計な会話をしなくていいから」
ユリウスに「酷いなあ」と言うと、ブレアさんは私の後ろにいたアーノルドさんへ目を向けた。
「アーノルドも久しぶりだね。あはは、俺よりマフィアっぽいじゃん」
「楽しい機会に呼んでもらえて嬉しいです」
アーノルドさんとも顔見知りらしく、親しげに話をしている。やがてブレアさんはその隣にいるルカにも、笑顔で声をかけた。
「君がルカーシュか、大変だったね。俺もマフィアだから嫌いだろうけど、今日はよろしく」
「……ありがとう、ございます」
ブレアさんはルカの頭にポンと手を乗せ、優しく微笑む。
ユリウスといる時はお茶目な一面もあるけれど、ルカに対する距離感や言葉選びを見ていると、大人だなあと感じる。
掴みどころのない人というのが、一番の感想だった。
「これがあいつらの屋敷の間取り図で、これが俺らファミリーの各待機場所と突入ルートね。今すぐに全員、頭に叩き込んでおいて」
「す、すごい……」
ブレアさんに渡された地図を眺めながら、用意の良さに感服してしまう。
レンブラントがいるであろう場所もいくつか予想されていて、こんな情報まで入手しているのかと驚きを隠せなかった。
「……出入りしてた俺ですら一階しか知らないのに、どうなってんの」
「うちのファミリーには優秀なスパイがたくさんいるんだよ」
人差し指を口元にあてて悪戯っぽく笑うブレアさんは、どこまでも底が知れない。
「俺達は二階を攻めるから、ユリウス達は地下を頼むよ。うちの人間も貸すし、好きに使って」
「了解」
「末端まで全て駆除するためにも、全てが終わるまで出入り口は全て締め切るから。隠し通路も全部潰すために屋敷の周りは地下まで爆発させるから、巻き込まれないように」
本格的な作戦に、ごくりと息を呑む。
ユリウス達は少し眺めただけで全て頭に入ったようで、私も足手まといにならないよう、必死に叩き込んでいく。私達が向かう地下の広間も、レンブラントがよく過ごす場所らしい。
なんとか全てを覚えた頃、視界の端でブレアさんがユリウスの肩に腕を絡めたのが見えた。
「ねえ、俺とユリウス、どちらがレンブラントをやれるか勝負しようよ」
「俺が勝ったら、レーネからの対価はナシでいいのなら」
「あはは、いいねそれ。その代わり俺が勝ったら、一週間好き勝手お前を使わせてね」
「分かった」
「ええっ」
ユリウスはそんな約束をしていて、大丈夫なのだろうかと心配になる。
「大丈夫だよ、絶対に負けないから」
ユリウスはスーツのポケットから出した黒い手袋を嵌め、余裕のある笑みを浮かべた。
どんな状況でも相手でも、ユリウスがそう言うと全て現実になる気がしてしまう。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「……うん」
私は自身の武器であるTKGをきつく握りしめ、三人とともに屋敷へ向かって駆け出した。
◇◇◇
止むことのない怒号や叫び声、銃撃音、魔法による爆発音が屋敷中に響き続けている。
とにかく相手の数が多く減らさなければ進むことができないため、私はアーノルドさんとともに地下へ続く階段の陰から、廊下に現れる敵を攻撃していた。
「奇襲は成功したみたいだけど、次から次へと湧いてきてキリがないね。虫みたいで──おっと」
「ひ、ひっ!」
アーノルドさんは楽しげだけれど、あちらからも常に銃弾や魔法攻撃がビュンビュン飛んでくるため、一瞬たりとも気を抜けない。
それでいて廊下で魔法を使い、最前線で戦ってくれている味方のルカやユリウス、味方である北の構成員の人達に当てても大変なことになるため、精神を削りながら矢を射続けている。
「ていうか上階の爆発やばいんだけど! 俺達を生き埋めにするつもりなわけ?」
「……あいつ、派手にやりすぎだろ」
上の階からはドン、ドンッという大きな爆発音や何かが崩れるような音も絶えず聞こえていた。
爆発魔法が得意なブレアさんの仕業だろうと、ユリウスは苦笑いを浮かべている。ルカの言う通り建物が崩れた場合、地下にいる私達はピンチすぎる。
「でも、ユリウスもルカーシュくんもすごく強いよね。レーネちゃんも余裕ができたら見ておいた方がいいよ。一応は相手も対人戦のプロだし、こんな戦いは滅多に見られないだろうから」
サングラスを押し上げて頭にかけたアーノルドさんは、真面目なトーンでそう言った。
確かに相手も含め、誰もが無駄のない動きをしている。
「すごい……」
「こうして見て学んで、この場合にはこの反応をすべきって正解を瞬時に脳内で出せるようにしておくのは大事だよ。結局、無駄をなくして早い速度で強い攻撃を放った方が勝つからね」
「……はい」
アーノルドさんの言葉を噛み締めながら攻撃の手は休めることなく、できる限りの観察をする。
こうして周りに大切なことを教えてくれる人達がいるのも、私は恵まれているなと思う。




