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東と西 7



 最初は珍しがっていただけで、もう私との会話にも飽きたことも窺えた。それでも私はここで引いてはいけないと、両手をきつく握りしめて背筋を伸ばす。


「最近は大陸中の国に目を向けていると聞きました。私は全ての国の言葉を理解して話すことができるので、どんな場所でもお役に立てると思います」


 ──この大陸だけでも、数百の言語が存在すると聞いている。元の世界でのマルチリンガルの世界記録ですら五十ヶ国語台で、それも百年ほど前の人だった。


 過去に調べた際、私と同じ能力を持つ人や魔法は存在していないようだったし、唯一無二の能力だと言っていいだろう。


 重要な取引の際など、現地の通訳だけでは不安な信用に足らないということもあるはず。


 私一人がいれば全て解決だということ、もしも今回助けてくれたならこの先、この能力を使っていくらでもブレアさんのために使うということを伝えた。


 それ以外にも私が思いつかないような使い方があれば、どう使ってくれても構わないとも。


「……全ての国なんて、流石に冗談だろ?」

「本当です、嘘は吐いていません」


 けれどやはり信じられないようで、呆れたような苦笑いを向けられる。


 それでも真剣な表情で本当だと伝えれば、ブレアさんは小さく息を吐いた。


《じゃあ、これは?》

《聞き取れますし、話せます》


 ブレアさんが何の言語を話しているのかは知らないし、分からない。それでも全て勝手に私が理解できるものに変換されて会話ができることに、変わりはなかった。


 よほど珍しい言語だったのか、ブレアさんの両目が軽く見開かれる。ブレアさんが近くのテーブル上のベルを鳴らすと、すぐにメリッサちゃんのお父様が現れた。


「ボフミルとアッボンディオ、キケを呼べ」

「かしこまりました」


 お父様は少し不思議そうな様子だったものの、すぐに部屋を出ていく。


 そして数分後、三人の男性がやってきた。


 全員それぞれ髪や肌の色、顔つきや雰囲気が違って、ブレアさんがなぜ彼らをここに呼んだのかはすぐに分かった。


「一人ずつ、彼女と母国語で会話してみろ」


 そんな命令に三人とも戸惑っているようだったけれど、やがて一人ずつ前へ出てきて、私に他愛のない言葉を投げかけてきた。


《初めまして、ボフミルと申します。あなたは僕の言葉が理解できるのですか?》

《初めまして、レーネです。あなたの言葉は全て理解はできるのですが、これはなんという言語なのか教えて頂けますか?》


 やはりこちらも珍しい言語なのか、男性達やブレアさんは信じられないという顔をしている。


 三通り繰り返したところで、ブレアさんは三人を下がらせた後、深い溜め息を吐いた。


「……嘘だろ、こんなことがあるんだな」


 よほど驚いたらしく、くしゃりとミルクティー色の髪をかき上げている。


「疑って悪かったよ、間違いなく君は特別な存在だ。最後の奴なんて腕を買って連れてきた、数十人しかいないような集落で暮らしていた民族だからな」

「それは確かに説得力抜群ですね」


 とにかく信じてもらえたようで、胸を撫で下ろした。


 何より態度や表情から、ブレアさんが私を交渉相手として認めてくれたことも伝わってくる。


「いまいち理解していないようだけど、それは君が考えているよりもイカれた能力だよ」


 マフィアなんかに利用されていいようなものじゃないと、ブレアさんは肩をすくめた。


「むしろ通訳なんかに使うのすら勿体無いだろうね」


 この世界に転生したばかりの頃は、外国語のテストで良い点を取るくらいの使い道しか思いつかなかったけれど、もっと良い使いようがたくさんあるのだろう。


 神の使いなんて言われているあのメレディスの言葉さえ、理解できてしまうのだから。


「むしろ奇跡の能力持ちの人間として売り飛ばせば、いくらでも金になりそうだ」

「…………」

「これは冗談だから笑っていいよ」

「ワ、ワハハ……」 


 ブレアさんが言うと全く冗談にならないので、本気でやめてほしい。


「ま、座りなよ。これからの話をしよう」

「ありがとうございます!」


 ようやく私ときちんと話をする気になってくれたようでソファを勧められたけれど、なぜかブレアさんの向かいのソファではなく、自身の隣を指差している。


 脳内は「?」だったものの、せっかく良い流れである以上、大人しく隣に腰掛けた。


「いいね、気に入ったよ。ユリウスが執着する理由もわかった気がする」

「そうなんですか?」

「そもそもマフィアを潰すためにマフィアをけしかけよう、なんて考えて一人で乗り込んでくる時点でイカれてるが、それに見合った対価を差し出せたのも評価に値するよ」

「ど、どうも……」


 正直上手くいく可能性は10パーセントくらいだと思っていたから、こうして認めてもらえたことで私は心底安堵していた。可能性が低くても、ルカのためにどんなことでもする覚悟だった。


 それにしても距離があまりにも近くて、甘ったるい良い香りに酔いそうになる。


 いつの間にか肩に腕を回されており、見た目は美女だとしてもドギマギしてしまう。むしろ美男なら冷静でいられるものの、美女の姿のせいで落ち着かない。私はミレーヌ様など、大人な雰囲気の美女に弱いきらいがある。


「能力をどう使うかはさておき、お願いは聞いてあげる」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」

「俺の勘はよく当たるんだけど、君ってなんか大成しそうな感じがするんだよね。変に今、適当な対価を求めるよりも、将来にとっておいた方がいい気がする」

「おお……いずれ必ずこのご恩には報いますので!」


 私はまだまだ成長途中だし、これから先も努力を欠かさずにいるつもりだから、今よりも将来の方が間違いなく能力は高いはず。


 こうして助けてもらう以上、しっかりと恩返しはしたい。


「それに俺達も、本格的に国外に進出する前に国内の問題にカタを付けようと思ってたんだ。ユリウスをタダで味方にできるなら、タイミングとしては最高だしね」


 私のお蔭で心が決まったというブレアさんは楽しげで、好戦的な笑みを浮かべている。


 この人を敵に回したくないなと、心から思う。


「ブレアさんから見ても、ユリウスってすごいんですか?」

「ユリウスが本気を出したところ、見たことある?」

「うーん……ないと思います」


 雪山でベヒーモスと戦った時でも、本気を出しているというようには感じられなかった。


 どうやらブレアさんは見たことがあるらしく、まるでお手上げとでも言うように両手を広げる。


「ユリウスはおかしいよ。魔力量だってそうだし、生まれ持った何もかもが別次元だ。本気で神にでも愛されているんじゃないかと思うね」

「そ、そんなに……」

「何よりあいつが味方の時って、負ける気がしないんだ。それが一番でかいかな」


 これほどの人にそう言わせるユリウスという人は、本当に何者なんだろう。


 他の攻略対象のみんなもハイスペックだけれど、ユリウスは魔法や容姿、全てのステータスが桁違いに高い気がする。

もしやマイラブリンの製作側に愛されすぎたとか、そんな裏側があったりするのだろうか。


「とにかく、一緒にレンブラントを倒してくれるんですよね? いつ頃がいいですか?」

「あいつのせいでマフィアの印象、最悪だしね。でも、その前に──」

「えっ?゛あっ、痛っ……」


 突然ブレアさんの顔が至近距離まで近づき、驚いてのけぞったことで背骨からまずい音がした。ソファの上で押し倒されるような体勢になり、戸惑いを隠せない。


「な、なにをなさっているんですか……?」


 にこにこと笑みを浮かべるだけで何も言わないブレアさんが私を異性として見ていないことは明らかだし、なぜこんなことをしているのか理解できない。


 この人はきっと意味のないことはしないだろうし、これ以何かをされることもないだろうと、困惑しながら整った顔を見つめ返しておく。


「……あ、来たかな」

「えっ?」


 笑いながら呟かれた言葉に、疑問を抱いた時だった。


 バンという大きな音がして、ドアが開く。


「……お前、何してんの」

「ユ、ユリウス……!?」



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