東と西 6
ずらりと両端に並んだスーツ姿の人々の中心を歩いていき、厳重な警備や扉を幾重も突破した先にある、豪華で大きな扉の前で案内の男性──メリッサちゃんのお父様は足を止めた。
「この先の部屋だよ。粗相のないようにね」
「あ、ありがとうございます……」
そう、なんと私は今、北のマフィアの本拠地へとやってきていた。メリッサちゃんがすぐにお父様に話をしてくれて、たった三日で今に至る。
ちなみに心配して止められそうで、ユリウスやルカには何も言わずに来ていた。
「でも、まさかいきなりボスに会えるなんて……」
普通なら、絶対にありえないことだというのも分かる。けれど私の名前を聞いた途端、ボスが不思議な反応を示し「直接会う」と言ってくれたそうだ。
「……元のレーネだってマフィアに関わりはないだろうし、どうしてなんだろう」
不思議に思いながら、緊張を解すために何度も深呼吸を繰り返す。マフィアものの乙女ゲームというのは世の中には多く存在するし、私もかなりプレイしてきた。
とはいえ、今の私は全くの無関係の学園もののクソゲーヒロインのため、下手をすれば死んでしまうような結末もあるだろう。全くもって油断はできない。
少し落ち着いた後、ドアをノックする。
「どうぞ」
すると聞こえてきたのは想像以上に若く、ハスキーな声だった。恐る恐る重いドアを開けると、そこには赤を基調としたド派手で豪華な空間が広がっていた。
「ようこそ、待ってたよ」
「──え」
その中央にあるソファに座っていたのは、ギラギラとした異国風のドレスがよく似合うミルクティー色の長髪をした若い美人で。他に人はいないことから、この人がボスなのだと察する。
想像よりもずっと若くて美しいこと以上に驚いたのは、その姿に見覚えがあったことだった。
「覚えてる? 俺のこと」
「は、はい。覚えてます!」
一年生の冬休み、ウェインライト伯爵邸で会った記憶がある。ユリウスが部屋に美女と二人きりでいたことで、うっかりやきもちを妬いてしまい、それがユリウスにバレて大変恥ずかしい想いをした。
『それにしても、嬉しい勘違いだったな』
『えっ? 勘違い?』
『うん。あいつ、男だから』
そして一番の衝撃は美女だと思っていたその人が、男性だということだった。
『あんな格好してるけど男なんだ』
確かに声もハスキーで低めで言葉遣いも男性らしいものだったけれど、見た目は完全に妖艶な美女だったから、当時はひどく驚いてしまった。
今だって、改めて見てもやはり桁違いの美女にしか見えない。ユリウスは仕事相手だと言っていたし、マフィアのボスだなんて想像すらしていなかった。
「普段は絶対にこうして会ったりしないんだけど、ウェインライトって名前でユリウスの妹だって気付いてさ。あいつが一番大切にしている君が俺らに何の用だろうって、興味が湧いちゃった」
こうして会えたのは「ユリウスの妹」だからだったのだろうと、納得がいった。
「それで、かわいい若い女の子が一人でこんな場所に来て、どうしたの? 俺を見て驚いているところを見るに、ユリウスとは関係なさそうだけど」
優しい笑顔を向けてくれているけれど、マフィアのボスという立場である以上、ただの優しい人なんかではないはず。
一応は顔見知りでも絶対に気を緩めてはいけないと、自分に言い聞かせる。
「今日はお力を貸してほしくて来ました」
「へえ? 俺達に頼み事をする意味、分かってる?」
「……はい」
メリッサちゃんにも改めて確認したところ、この国のマフィアというのは必ず「対価」を求めるらしい。だからこそ、彼らに何か頼み事をするのなら、相応の対価を差し出さなければならない。
「その頼み事ってやつの内容、言ってみてよ」
「西のマフィアを壊滅させて欲しいんです」
まっすぐにエメラルドの瞳を見つめ、自身の願いをはっきりと伝えた。
すると流石に予想外だったのか、ブレアさんは切れ長の目をぱちぱちと瞬かせている。
そして数秒後、口元に手をあて「ぷっ」と吹き出した。
「あははは! 何それ、ぶっ飛びすぎなんだけど。どういうこと?」
「実は──……」
それから私は、今の状況をありのまま話した。
お願いする立場である以上、隠し事をするのはよくないだろうと判断したからだ。
「なるほどね、君があんなことを言い出したのにも納得したよ」
全てを話し終えた後、頬杖をついたブレアさんに驚く様子は一切なかった。やはり西のマフィアのやり方なども、珍しいことではないのだろう。
「ユリウスも水臭いなあ、困っているのなら俺を頼ってくれればいいのに。まあ、俺に無茶な対価を要求されるのが嫌だったんだろうな」
けたけたと楽しげに笑うブレアさんは椅子の背に体重を預けたまま、長い足を組み替えた。
「……ユリウスには、どんな対価を要求するんですか?」
「俺は基本的に、相手の一番大切にしているものを要求するからね。君にするかなあ」
そんなことを当然のように言ってのける姿に、体温が下がっていく感覚がする。それが冗談なんかではないと、本能的に分かった。
優しそうに見えても目は笑っていないし、やはり普通の人ではないのだと実感する。
ユリウスが以前「女好きだし悪趣味で俺のものを何でも欲しがるから、レーネはただの妹だって言って何の興味もないフリをした」と言っていたことも、理解できた。
「それで? 願いを叶えたら、俺には君は何をくれるのかな」
ユリウスが欲しいなあ、なんて軽い調子で言うブレアさんは、私が満足いくものを差し出せるとは思っていないのが伝わってくる。




