東と西 5
それからというもの、ユリウスは屋敷を空けることが多くなり、学園でも遅刻や早退をすることが多くなった。ルカのために動いてくれているのだろうけれど、心配になる。
「元々、学園での勉強は全部予習してあるし、ランクも余裕でキープできるから大丈夫だよ」
不安になって尋ねたところ、そんな返事がされた。
ユリウスが大丈夫だと言うのだから、本当に大丈夫なんだとは思う。それでも、どうか危ないことだけはしないでほしいとは伝えてあった。
「一時凌ぎにしかならないけど、子ども達は安全な場所で保護してあるから安心して」
「ほ、本当にありがとう……!」
すぐに子ども達に危害が加えられることもなくなったため、ルカは学園を休み、屋敷でのんびりと勉強をしたり、読書をしたりして過ごしている。
私もできる限り側にいるけれど、ルカは一日の大半は眠っている。医者に相談したところ、心身ともに大きな負担があったことによる反動ではないか、とのことだった。
「食堂のおばあちゃんがルカにってお弁当を作ってきてくれたよ。すっごく美味しそう!」
「……嬉しいな、ありがとう」
屋敷も魔道具や見張りを置いてくれていることで、安心して過ごすことができている。間違いなく多大なお金だってかかっているだろうから、一生をかけて返していかなければ。
その一方で、私も解決に向けてできることを考え続けていたけれど、戦闘に秀でているわけでもなければお金や人脈もない以上、なかなか思い付くことができずにいた。
相手がマフィアというあまりにも特殊で現実離れしている存在なせいで、難しすぎる。
「うーん、うーん……でもなあ……」
あまりにも行き詰まり、一瞬メレディスのことが頭を過ったりもした。
『レーネが本当に困った時は一度だけ、俺が助けてあげるって契約も入れておいたよ』
メレディスなら、この問題も解決できる気がする。
けれどあのメレディスが何の見返りもなく助けてくれるとは思えないし、ユリウスにも絶対に反対されるはず。何より必死に動いてくれているユリウスに対しても、失礼だろう。
だからこそメレディスとの契約は、最後の最後の手段にとっておこうと思う。
「なんか最近、レーネずっと悩んでるよな。何かあったのか?」
教室でも空き時間に頭を抱えて悩んでいたところ、ヴィリーが声をかけてくれた。
もちろん友人を巻き込んではいけないものの、凡人である私一人では限界がある気がして、オブラートにぐるぐる包んだ上で、相談してみるのもいいかもしれない。
何より破天荒で型にはまらないヴィリーなら、私なら出てこないような案も考えつきそうだ。
「あのですね、ものすごく強くて危険で人数の多い集団をどうにかしなきゃいけないとしたら、どうすればいいと思う……?」
我ながらアバウトすぎる問いだとは思いつつ、これが限界だった。それでもヴィリーは「なるほどな」と言い、腕を組んで一緒に悩んでくれている。
そして少しの後「あ」と手のひらに拳を乗せた。
「自分たちでどうにもできないなら、同じくらいの強い集団をぶつければいいんじゃね?」
「…………」
「喧嘩させたりとか、方法はあるだろうし……うおっ!?」
「ヴィリー、ありがとう! それだよ!」
つい前のめりになり、ヴィリーの右手を両手でがっしり掴んだ。ヴィリーは何気なく言ってくれたんだろうけど、私にとっては天啓だった。
──この国のマフィアは四勢力に分かれていて、昔から争っていると聞いている。ユリウスも動いてくれている今、ここで北や南が動いてくれたなら、勝機はあるかもしれない。
正直、マフィアに関わるのも怖いし、こんな学生なんて相手にしてもらえるとは思えない。それでも味方になってくれたなら、最も心強い存在になるはず。
「本当にありがとう! 私、頑張ってみるよ!」
「おう! よく分かんねえけど、解決したなら良かったわ」
頑張れよ、と笑顔を向けてくれたヴィリーに何度もお礼を言い、私は教室を飛び出した。
「マフィアのことが知りたいの? レーネちゃんって変わってるね」
何度か友人を交えて話をしたことがある、隣のクラスのマフィアの娘だという子に会うためだ。
彼女──メリッサちゃんは家庭環境について隠しておらず「大抵の人はビビってくれるから、トラブルになることもないし楽だよ」と笑っていた強メンタルの持ち主で、私はとても好きだ。
「どんなことが知りたいの?」
「北と南のマフィアはどんな人達なのかなって」
今回は東と西の争いのため、頼れるのは北か南になる。
「今は北の勢力が一番って言われてるんだけど、すごくまともだよ。他とは違って街を裏で守る組織って感じだから、私も北のパパのことは隠してないんだ」
「そうなんだ……! 裏のヒーローみたいな感じなのかな」
マフィアは総じて怖い人達というイメージだったため、それなら話くらいは聞いてもらえるかもしれないと、一気に希望が見えてくる。
「でも、南はかなりやばいから気を付けた方がいいよ。とにかく好戦的で、ぶっ飛んでるから」
「な、なるほど……」
となると、頼れる可能性があるのは間違いなく北だろう。
メリッサちゃんのお父様は北の幹部らしく、うちのパパに会いたいならいつでも会わせてあげるとまで言ってくれて、本当にありがたい。
けれど一番の問題は、マフィア側に対して提供できるメリットが何もないことだった。
ただ情に訴えかけたところで、危険で大きな組織を動かせるはずがない。
「何かこう、お偉いさんが興味のあることとかって知っていたりします……?」
「うーん、何だろう……偉いと言えばブレア様だけど……」
北のマフィアのボスはブレア様という人らしい。メリッサちゃんも何度か会ったことがあり、とても気さくで優しい人なんだとか。
しばらく悩む様子を見せた末、メリッサちゃんはやがて彼女は口を開いた。
「最近は国外にも目を向けているから、よく色んなところに行ってるって聞いたよ。いずれは大陸中の全ての国に手を広げていきたいんだって」
「す、すごいスケールの話だね……」
「ブレア様はそれくらいカリスマ性のある、すごい人なんだよ! パパ達も仕事のことはあんまり隠していないから、私も留学生の友達がいないかって聞かれたりするんだ」
しばらく話を聞いた後、私は一縷の希望を見出していた。もしかすると、私にもできることがあるかもしれない。
「話せるのはこれくらいだけど、大丈夫?」
「うん、本当にありがとう! ……それと、もし良かったら偉い人に会わせてもらえないかな?」




