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東と西 2

3話同時更新してます!



 その日の晩、私は一度きちんと話をするため、ユリウスとルカを待っていた。


「……ルカ、遅いね。何か用事があるのかな」


 けれど夕飯の時間を過ぎても、ルカは帰ってこない。本当は学園からも一緒に帰ろうと思っていたのに、授業が終わってすぐに帰ったとルカのクラスメートから聞いている。


 空が暗くなるにつれて胸騒ぎが大きくなっていき、居間から窓の外を眺めていた時だった。


「ミレーヌの家の馬車だ」

「えっ?」


 豪華な馬車が屋敷の前で停まったのが見えて、ユリウスが形の良い眉を寄せる。


 確かに見覚えはあるものの、何の約束もなしていないのにミレーヌ様がやってくるなんて、不思議で仕方ない。ユリウスと顔を見合わせて玄関ホールへ向かい、ドアを開ける。


「──っ」


 すると扉の向こうには深刻な表情を浮かべたミレーヌ様と、ぐったりとして意識のないルカを抱えた男性の姿があって、息を呑んだ。


「ルカ!」


 駆け寄ったルカの制服は真っ赤に染まっていて、頭が真っ白になる。指先から全身が冷えていくような感覚がして、目の前の景色が歪んだ。


「大丈夫よ、命に別状はないから」

「ほ、本当ですか……?」


 そんな私の背中にそっと手を添え、ミレーヌ様はあやすように声をかけてくれる。


 言われてみると見えている素肌に外傷はなく、ほんの少しだけ安堵した。


「ひとまず部屋に寝かせるよ。治療はいらないんだよね?」

「ええ、できる限りのことはしてきたから」


 ルカを抱えて運んでくれているのはミレーヌ様の護衛らしく、ユリウスは意識のないルカを受け取ると、屋敷の中へ入っていく。


 できる限りのことはした、という言葉からも不安になってしまいつつ、何があったのか詳しい話を聞くため、ミレーヌ様に上がってもらうことにした。


「お構いなく。話をしたらすぐに帰るから」


 応接室のソファに腰掛けたミレーヌ様は「驚いたでしょう、大丈夫?」と気遣ってくれる。メイドがいないことも知っているようで、お茶も不要だと言ってくれた。


 やがてルカを運び終わったユリウスもやってきて、私の隣に腰を下ろした。


「学園からの帰り道、少し用があったからいつもとは違うルートで馬車を走らせていたら、見知らぬ男達に路地裏に連れて行かれるルカーシュが窓から見えたの」


 どう見ても相手は堅気ではなく、学生の喧嘩にも見えなかったため、心配になって馬車から降りて護衛の男性と追いかけてくれたそうだ。


 路地裏は入り組んでいて、見つけるのに時間がかかったせいで、ミレーヌ様達が駆けつけた時にはもう、ルカは傷だらけで瀕死の状態だったらしい。


「そんな……」


 ルカ一人に対し、相手は腕の立つ人間が十人ほどいたようで、ミレーヌ様と腕の立つ護衛の男性でも全員を倒すのに時間がかかってしまったという。


「危険な状態だったから、ひとまず先に病院に連れて行って治療をしてもらったの。……あまり言いたくないけれど、下手をすれば死んでいてもおかしくない怪我だったみたい」

「…………っ」


 もしもミレーヌ様がその場に駆けつけて助けてくれなければ、ルカが再びこの屋敷に戻ってくることはなかったのかもしれない。


 そう思うと、どうしようもなく怖くなって、全身から血の気が引いていくのが分かった。


「ルカを助けてくださって、本当に、ありがとうございました……」

「いいのよ。とにかく無事で良かったわ」


 ミレーヌ様はソファから立ち上がり、向かいに座る私の隣へ移動してくる。そして小さく震えていた私の手を、温かな両手でそっと包んだ。


「事情は色々とあるんでしょうけれど、何かあれば私にも言ってね。絶対に力になるわ」

「ミレーヌ様……ありがとうございます」


 複雑で良くないことに巻き込まれているのは明らかなのに、ミレーヌ様は何も尋ねず、私の肩に手を置き、柔らかな笑顔を向けてくれる。


 それがひどく心強くて安心して、何度も頷いた。


「倒した男達の身柄は我が家で確保しているけれど、どうする? 相手が相手だし、騎士団に任せて困ることになる可能性もあるかもしれないと思ったのよね」

「お前のそういう気が利くところ、本当に助かるよ」

「軽く尋問したら、東側のマフィアみたいだったわ」


 ミレーヌ様は何も事情を知らない中で、ルカにマフィアとの関わりがあっては困ると考え、騎士団に通報しないという判断してくれたのだという。


 ルカは西側のマフィアと関わりがあったり、相手がマフィアといえども暴力沙汰や爆発まで起こしたりしている以上、この世界の警察の役割をしている騎士団に通報してはまずいだろう。


 もちろんルカのしていることは許されないものの、間違いなく事情があるはずだし、まずはそれを本人の口から聞きたかった。


「ミレーヌ、ありがとう」


 身柄は後でユリウスが回収するそうで、その処遇は後に決めるという。


「ユリウスまでお礼を言うなんて、すっかりあの子のお兄さんね」

「……まあね」


 ユリウスはほんの少しだけ口角を上げ、長い銀色のまつ毛を伏せた。



 何度もお礼を言ってミレーヌ様を見送った後、ルカが眠っている部屋へ急ぎ向かった。


 ミレーヌ様の治療のお蔭で目立った外傷はないものの、ルカの顔はひどく青白い。


 治癒魔法は傷を治せても、失った血液などまでは回復できない。きっと大量に血を流したのだと思うと、どうしようもなく胸が痛んだ。


「……大方、東の奴らが報復にでも来たんじゃないかな」


 ミレーヌ様の話を聞きながら、私もそんな気がしていた。


 ──そしてきっと、同じことがこれから先も続くであろうことも。


「騎士団に相談したところで根本的な解決はしないだろうし、とにかく話を聞くしかないな」

「……そうだね」


 ベッドの上に腰掛け、冷え切ったルカの手を包むように両手で握る。ユリウスもベッドの側の椅子に座り、ずっと私達の側にいてくれた。


 ──それから、二時間ほどが経った頃。少しずつ体温を取り戻していたルカの手が、ぴくりと動いた。



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【公爵様、悪妻の私はもう放っておいてください】

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