空白の10年間 5
放課後、私は机に両肘を置き、両手で顔を覆っていた。
「どうしよう、ルカに何があったんだろう……」
屋敷で話してはルカに聞かれてしまうかもしれないため、現在はユリウスと街中にある個室のカフェに来ている。
ここはユリウスがよく密談に使う場所らしく、絶対に誰かに会話を聞かれることはないという。
「そもそも密談って何? どうしてみんな学生なのにそんなことをする必要があるの?」
「色々あるんだよ」
困ったように微笑むユリウスも以前から仕事をしているらしいけれど、それについても私は詳しくは知らない。ユリウスは「聞いても面白くないし、いいことはない」と言うからだ。
「……ルカが何も言わないのは、私を巻き込まないようにしてるってことも分かってるんだ」
「だろうね。俺だってそうだから」
たとえ悪いことをしていなくとも、万が一関係者だと思われて妬んだりされては困るし、言っていいことがないからだとユリウスは言う。
「まあでも、あいつの場合は間違いなく『良くないこと』に巻き込まれてるだろうね」
「…………っ」
私もそんな予想はしていたけれど、ユリウスに言われるとより現実味を帯びて、心臓が嫌な音を立てていく。よくないこと、が一体どれほどのことなのか、私には予想もつかない。
けれどあの様子では、ルカは絶対に私達に話そうとはしないだろう。ルカの力になりたいと思うのに、どうすることもできないのがもどかしい。
「……そうだ」
どうすればいいんだろうと悩んだ末、私は向かいに座っているユリウスを見上げた。
「次にルカが屋敷を抜け出したら、後を付けたいの。もし良かったら一緒に行ってくれる?」
「もちろん。レーネに言われなくても、俺一人でそうするつもりだったから」
「ユ、ユリウス……ありがとう」
いつもは喧嘩ばかりしているけれど、ユリウスもルカを心配してくれているのが伝わってくる。ユリウスが力になってくれることでほっとして、涙腺が緩んでしまう。
「レーネが俺を頼ってくれて、本当に嬉しいよ。交流会の時、結構悲しかったから」
「その節は本当に申し訳なく……」
ユリウスに止められると思い、吉田やセシル、アンナさんと水竜討伐に向かった時のことを言っているのだろう。あの時、今後は必ず隠し事をせずに頼ると約束した。
いつもユリウスに助けられてばかりで申し訳なさはあるものの、頼ったことを嬉しいと言ってくれたお蔭で、心が軽くなる。
「それにあいつが屋敷を抜け出すのは、俺が知る限り昨日で四回目だからね」
「えっ、そうなの?」
どうして知っているのかと尋ねたところ、屋敷周りにかけてある魔法により、誰がいつ出入りしたかどうか分かるからだそうだ。
「大事なレーネが暮らしている屋敷に、何の対策もしないはずがないよ。幾重にも外部からの侵入と攻撃を防ぐ魔法を重ねがけしてあるし、魔道具の罠もいくつも用意してあるから」
「そ、そうだったんだ……ありがとう」
何も知らずに毎晩すやすや眠ってしまっていたけれど、私の安眠はユリウスの努力によって守られていたらしく、感謝してもしきれない。
「あいつにも知られたくない個人的なことはあるだろうし、黙っていてごめんね。危険なことだと分かってたら、流石にすぐに言ったんだけど」
「ううん、ありがとう」
姉弟といえど、全てを知らせる義務なんてないし、プライバシーは守られるべきだろう。
けれどあんな怪我をするような事態になっている以上、何もせず黙っているわけにはいかない。
「頻度が上がっているし、また明日明後日には抜け出してもおかしくないと思う」
「……うん、分かった」
そして次にルカが家を抜け出す際、二人でこっそり後をつけること決めたのだった。
◇◇◇
それ以降、ルカはこれまで通りを装っているという様子で、やはり先日の件を気にしているのはうっすら伝わってきていた。
なんというか、かわいい我が儘や甘えに遠慮が感じられるのだ。ユリウスへの悪態も勢いがなくなっていて、私達に気を遣っているのが分かった。
「ルカ、今日はもうそろそろ寝よっか」
「はあい、姉さんもゆっくり休んでね。あいつが部屋に来ても開けちゃダメだよ」
「俺を何だと思ってるわけ?」
私もいつも通り過ごしながら、もうルカが危険な目に遭わないことを祈り続けていた、けれど。
「──ネ、レーネ、起きて」
「ふが……」
「ルカーシュが屋敷を出ていく準備を始めたみたいだ」
「えっ!?」
ルカをこっそり付けると決めてから三日目の晩、深夜にユリウスに起こされた私は、慌ててベッドから飛び起きた。やはりこの日が来てしまったようで、一気に目が冴え、緊張が走る。
一応、毎日上着をそのまま羽織れば出かけられるような格好で眠っていたため、ベッド近くにかけてあったフード付きのローブを手に取った。
「これは気配を消して魔力を感知できないようにする魔道具だから、身に付けておいて」
「す、すごい……! ありがとう!」
ユリウスに渡されたブレスレットを着けてみる。
「本当だ。ユリウスの魔力が全く感じられなくなった」
魔力感知は苦手な方だけれど、ユリウスも同じブレスレットを着けた途端、なんとなく感じていたユリウスの魔力がぴたっと遮断されたのが分かった。
私の相棒であるTKGも持ったし、何かあっても逃げる隙を作るくらいはできるはず。
「あいつ、風魔法を使って屋根を伝って行ったみたいだ」
「ええっ」
風魔法を足に纏って高速で走るのはかなりの技術が必要で、私にはまだできない。
ユリウスの視線の先──窓の外ではルカが先日と同じ黒い服装を身に纏い、住宅街の屋根の上を猛スピードで駆けていく。
「追いかけるから、乗って」
「お、お願いします!」
私はお言葉に甘えてユリウスの背中に乗ると、ユリウスはバルコニーへ出た後、手すりを蹴ってふわりと宙を舞った。
二人分の体重がかかっているとは思えないほど、軽々と屋根の上を走っていく。
私はルカを目で追うのも必死なのに、ユリウスは私を背負ったまま確実に距離を詰めていた。
「あいつ、相当な魔力量だろうな」
感心したように、ユリウスは呟く。この移動方法はかなり魔力を消費するらしく、だからこそ魔法使いもみんな普段は馬車や馬で移動するのだという。
どこまで行くのだろうと不安になりながらルカを追い続け、やがて辿り着いたのは王都の中でも治安が悪いと言われている町だった。
「ど、どうしてこんなところに……」
深夜だというのに街灯はほとんど切れているようで、とにかく薄暗い。
古びた建物が並んでおり、壁はひび割れている上に、魔法陣のような妙な落書きがあったりでひどく不気味だった。妙な匂いがして、上着をぐっと顔の方へ引き上げる。
「本当に最低最悪な場所だよ。レーネをこんなところに連れてきたくなかったのに」
「しゃ、社会勉強ということで……」
地上に降りた後はユリウスにぴったりとくっつき、そろりと路地の間を歩いていく。女性は目立つからと言われ、深くフードを被った。
時折、犬の遠吠えや怒鳴り声のようなものがどこか遠くから響いてきて、びくりと肩が跳ねる。
「し、死体……?」
「大丈夫、ただの酔っ払いだよ」
道端でぐったりとしている人なんかにも、いちいち悲鳴を上げてしまう。
その辺で立っている目つきの悪い男性はみんな薬の売人のように見えるし、ここは元の世界でいうスラム街のような場所なのかもしれない。
「すごい、絵に描いたような治安の悪い場所だ」
「まあ、まともな人間は一人もいないんじゃないかな」
そんな中、ルカは迷うことなく路地を縫って歩いていく。明確な目的地がある足取りで、改めてこんな時間にこんな場所でどんな用事があるのかと、気がかりで仕方ない。
魔道具のお蔭なのか、私達の存在には気付いていないようだった。
「あいつ、まさか……」
ユリウスはルカの行き先に予想がついたのか、不穏な表情を浮かべている。話を聞いたところ、ユリウスは一度だけ、この辺りに来たことがあるのだという。
やがて十分ほど歩いたところで、ルカは足を止めた。
「……やっぱりここか」
ルカが見上げる先には、この辺りでは一番小綺麗な建物が立っている。カーテンが揺れる窓から中の様子が時折見え、私は息を呑んだ。
「どこからどう見てもやばいんですけど……」
誰がどう見たってカタギではない人々の集まりで、冷や汗が止まらなくなる。
街中で肩がぶつかってしまったら、条件反射で土下座してしまいそうな見た目の男性達が若い女性を侍らせ、お酒を手にギャンブルを楽しんでいるみたいだった。
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