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空白の10年間 3



『もう悪いことはしてないから安心して。最近は人を使うことが多いかな』

『搾取される側はもう嫌だと思ってさ』

『ガキどもに関しては利益を出そうとしてないから、大人を使うのがメインだけどね』


 夏休みに話を聞いた際は、過去のルカのようにお金や住むところまで困っている子どもに対し、危険な仕事や犯罪をしなくて済むよう、仕事を斡旋していると言っていた。


 ──こんな時間に出かけるなんて心配だし、ルカの年齢を考えると間違っているとも思う。


 とはいえ「仕事」となればルカ一人の問題ではないのだということも、理解していた。私も元の世界で仕事をしている中で、時間外に呼び出されて対応させられることもザラにあったからだ。


 ルカがこれまで仕事をしていたから暮らしてこられたこと、そんなルカのもとで働いているからこそ暮らしていられる子供達がいることを思うと、止められそうになかった。


「……気を付けてね。それと、すぐに帰ってきて」


 本当は一緒に行きたいけれど、きっと私は邪魔になるはず。もしも何らかの危険に遭遇しても、足手まといになるだけだろう。


 今の私にできるのは、お願いをすることくらいだった。


「…………」


 ルカはそんな私を見て、再び驚いた顔をしている。


「ルカ?」

「その、てっきり止められると思ってたから、驚いた」

「止めたら行かないの?」

「……部屋に戻って寝たふりをしてから行った」

「こら」


 あまりにも素直なルカに小さく笑ってしまいつつ、そんな言葉からも、どうしても行かなければならないことが伝わってくる。


 だからこそ何も言わずじっとルカを見つめていると、ルカは私の袖をちょこんと掴んだ。


「……ねえ、姉さん。俺のこと、もう心配じゃなくなった? 悪い子だと思った?」


 悲しげな上目遣いをして私を見つめるルカはきっと、いつも心配ばかりしている私が引き止めないことに対して、寂しさや不安を感じているのだろう。


「ルカって、すごく面倒だよね。そんなところもかわいくて好きだけど」

「姉さんの前でだけ、面倒になっちゃうんだ」


 小さく頬を膨らませたルカの頭を、そっと撫でる。


「本当は心配だし行かないでってしがみつきたいくらいだけど、必要なことなんだよね?」

「うん」

「でも今後はもう、こんな時間に出かけるようなことはないようにしてほしいな」


 まっすぐにお願いをすると、ルカは眉尻を下げ、困ったように微笑んだ。


「……俺もそうなるといいなと思うよ。ありがとう」


 ルカは私にぎゅっと抱きつくと、すぐに離れて「行ってきます」と笑顔を見せた。


 暗い廊下の闇の中に消えていくルカの背中を見つめながら、ルカが「分かった」とは言ってくれなかったことに引っ掛かりを覚える。とにかくどうか無事に帰って来てくれますように、と願い続けた。




 翌朝、簡単な朝食を用意していると食堂にはいつも通りのルカが現れてほっとした。


「おはよう、姉さん! 髪を結んでるんだ、かわいいね」

「ルカ、おはよう! 実はユリウスに結んでもらったんだ」

「……やっぱり解いたら? いつもの方がいいよ」

「お前、本当にその性格どうにかならない?」


 ユリウスとルカのそんなやりとりもいつも通りで、つい笑顔になってしまう。


「ちゃんと今日も朝ご飯たくさん食べてね」

「はあい」


 野菜多めにしてもルカは文句を言わず、良い子に食べてくれる。もはや姉というより母のような気持ちでルカのことを心配しており、そのうち「姉さんうざい」なんて言われないかとドキドキしていた。


「もっと牛乳も飲んだ方がいいよ。俺より小さいし」

「お前がでかいんだよ、いずれ絶対に抜いてやるからな」


 きっと昨晩の出来事は本当にイレギュラーなもので、もうあんなことはないはず。


 そう、思っていたのに。


 ──その日以降、ルカは頻繁に夜中、屋敷を抜け出すことになる。



 ◇◇◇



 火魔法と風魔法を組み合わせ、グラウンドの中央にある的に向かって思いきり放つ。


 すると竜巻のように、渦を巻いた火の塊が的へ向かっていく。やがてドンッという大きな音を立てて爆ぜた瞬間、82点と表示され、私は「やった!」と笑顔で両手を握りしめた。


「レーネ、すごいじゃない!」

「へへ、ありがとう。ばっちり感覚を掴めたみたい」


 授業でペアを組んでいたテレーゼも自分のことのように喜んでくれて、嬉しくなる。テレーゼは単なる的当てで三点だった頃を知っているからこそ、より感慨深いようだった。


 次のランク試験では属性魔法の組み合わせが実技試験となるため、練習にも気合が入る。


「悪くないな。成長スピードは誰よりも早いんじゃないか」

「ありがとう! 私、吉田に褒められるのが何よりも嬉しいよ……ぐす……」


 この二年半近く、魔法の練習だけでなく水陸問わず魔物と戦ったり、対人戦の練習を重ねたりと普通の人よりも濃い経験をしてきたのも、急激に成長できた理由のひとつだろう。


 そして一番はやはり、魔力量の多さだった。私のコントロールが多少甘くても、魔力量の多さがそれをカバーしてくれている。


 最近はさらにまた魔力が増えたような感覚がしており、ユリウスの愛情に比例していることを思うとくすぐったくて、温かな気持ちになっていた。


「マジで次の試験、Bランクもいけそうじゃん。一年前はFランクだったなんて思えないよな」

「みんなのお蔭だよ。私一人なら絶対に無理だったもん」


 一緒に勉強をしたり教えてもらったり、応援や励ましをもらったり、周りの人達がいたからこそ今があるため、感謝してもしきれない。


「次の試験も頑張ろうね。レーネちゃんを見てると、もっと頑張ろうって思えるんだ」

「ありがとう! ラインハルトも絶対さらに上のランクにいけるよ!」


 空き時間や自宅でもしっかり筆記の勉強もしているし、万全の状態で挑むつもりでいる。一年の後半のランク試験でランクを上げられず、悔しさに泣いた経験も糧になっていた。


 ──何よりアンナさんの言っていた各試験での必須ランクをクリアしなければ、私はどうなってしまうか分からない。本当にもう後がないと思うと、背中がひやりとする。


「属性魔法を組み合わせた攻撃は戦闘でも有利だからな。お前のような常にトラブルが起きる人間はしっかり学んでおいた方がいいだろう」

「仰る通りで……よし、次は水魔法の練習をしよっと」


 これまではずっとランク試験に向けたものばかりを意識していたけれど、クソゲーのヒロインというポジションは時折、想像を超えた危険に遭ってしまう。


 そんな緊急時のためにも、自分の身や大切な人達を守るための力があったらいいなと思う。


 とはいえ、周りは私の一億倍強くて優秀なので、私が守る側に回ることなどなさそうだ。


「思いっきり魔力を使ったら腹減ったな。今日から新しいランチセットが出るんだっけ」

「…………」

「セオドアも意外と食うよな。俺も大盛りにしよっと」


 四時限目の授業を終え、みんなで食堂へ向かう。


 王子は細身でありながらヴィリーと変わらないたくさんの量を食べることもあって、キラキラと輝く王子も育ち盛りの男の子なんだなあと、勝手にほっこりすることも少なくない。


 上位ランク専用の食堂に到着してすぐ、中心に一際輝く集団を見つけた。


「あら、お疲れ様」

「ミレーヌ様! お疲れ様です」


 その中にいたミレーヌ様もこちらに気付き、手を振ってくれる。ミレーヌ様の向かいにはユリウスの姿があった。アーノルドさんは用事があって、遅れてくるそうだ。


 食堂内はかなり混んでいるのに、眩いオーラで近寄り難いせいか二人の周りの席は空いており、私達もその近くで一緒に昼食をとることにした。


「ユリウスの恋人宣言から少し経って、三年女子もだいぶ落ち着いたわよ。あなた達を応援する子達もいるくらいで」

「お、応援……!?」

「ええ。なんでもレーネのお蔭でユリウスの新たな一面が見られて、むしろ感謝すべきだって結論に至ったらしいわよ」


 確かにユリウスは元々、どちらかというとクールというか無関心キャラだったというのに、今では完全に溺愛キャラになってしまっている。


「俺は見せ物じゃないんだけど」

「今更じゃない、慣れているでしょう」

「まあね」


 今も隣り合って座っているせいか、周りからの視線を感じるけれど、ひとまず穏便に騒ぎが収束したようでほっとした。


「学園一の王子様の恋人なんて、レーネが好きなロマンス小説みたいじゃない」

「げほっ、ミレーヌ様、それは内緒で……」

「あらそうなの? ごめんなさい」


 ミレーヌ様が言っているのは、私が最近こっそりハマっている他国のロマンス小説のことだ。


 大人気で続刊が入手困難で困っていたところ、ミレーヌ様のお父様が他の輸入品とともに取り寄せてくれて、私は夜な夜な楽しむことができていた。


「何それ、俺は何も聞いてないんだけど。レーネってそういうのが好きなんだ?」

「え、ええ……まあ、好きな方ですかね……」

「俺にも読ませてよ」

「き、機会があれば……」


 なぜユリウスに隠していたかというと、学園一人気の男の子に見そめられた地味な女の子が幸せになるという学園シンデレラストーリーものでありながら、若干の大人なシーンがあるからだ。


 もちろん私は面白くてときめく物語に惹かれて読んでいるわけで、そこが目的なわけではない。


 けれど、そんな内容をユリウスや弟のルカに見られては羞恥で死ぬと思い、黙っていた。


「帰ったら読ませてね。絶対だよ」

「…………」

「聞いてる? レーネちゃん」


 私が何か誤魔化していることに気付いたらしく、私が首を縦に振るまで何度も聞いてくる。


 バレれば「こういうのが好きなんだ? 俺がやってあげるよ」と実践してくださるのは目に見えるため、なんとか話を変えられないかと思っていたところ、視界の端に綺麗なすみれ色が見えた。


「あ、いたいた! みんな一緒だったんだね」


 遅れてアーノルドさんがやってきて、ナイスタイミングと思っていると、彼の小脇にはがっしりと抱えられたルカの姿があった。


「おい、離せよ! マジでお前の馬鹿力は何なんだよ!」

「お昼を食べずにどこかに行こうとしていたのを見つけたから、捕まえてきちゃった」


 どうしたんだろうとルカへ視線を向けると、ルカは長い睫毛を伏せた。


「あんまりお腹、空いてなかったんだ」

「そっか。私のご飯、一口だけでも食べる? できたら水分もとってね」

「そうする」


 もちろん食事を抜くのは良くないものの、そういう日もあるだろう。


 ルカはユリウスと反対側の私の隣に座ると、こてんと私の肩に体重を預けて目を閉じた。


「もしかして具合が悪いの?」

「そういうわけじゃないよ。眠いだけ」


 そんなルカは珍しくて、心配になる。ユリウスも同じ気持ちなのか、軽く眉を顰めている。


 ひとまず私は急ぎ食事をかき込み、ルカの様子を見ようとしたのに。


「……俺、教室に戻るね」


 私が食べ終わる前にルカはそれだけ言って立ち上がり、食堂を出て行こうとする。


 いつもは昼休みの最後まで残っているし、すぐに戻ろうとするルカの様子が気がかりで、引き留めようと思わず「待って」とルカの腕を掴んだ時だった。


「…………っ」


 ルカの顔が歪み、次の瞬間、思いきり腕を振り払われる。


「ご、ごめんね……」


 いつも甘えてくれているルカにこんな風に拒否されたのは初めてで、戸惑いを隠せない。私だけでなくその姿を見ていた友人達もみんな、ルカの反応に驚いている。


 けれど一番戸惑った様子を見せていたのは、ルカ自身だった。



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【公爵様、悪妻の私はもう放っておいてください】

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