空白の10年間 1
その後は寝る支度を済ませて部屋に戻ろうとしたところ、なぜか二階までルカがついてきた。
「姉さんが変なことをされないように見張ってるんだよ」
「重すぎない? レーネに嫌われるよ」
「お前こそ、自分にも刺さってることに気付いたら?」
結局、寝る直前までそんな言い合いを続けている二人は、やはり仲が良いのではないかと思う。
もはや私が蚊帳の外で、二人が話している割合の方が多い気がしている。
「おやすみ、姉さん。また明日ね」
「うん! おやすみ、ルカ」
私の部屋の前まで送ってくれたルカに手を振り、階段を降りていく姿を見送る。
やがてルカの桜色の髪が見えなくなった途端、ぐいとユリウスの方に腕を引かれた。
「……やっと触れられた」
気が付けば私はユリウスの腕の中にいて、お風呂上がりの甘い良い香りに包まれる。
薄い服越しのいつもより少し高い体温にも、どきりとしてしまう。声音だって、さっきまでルカと言い合いをしていた時とは全く違う。
「ま、待って」
それからは耳や頬、あちこちにキスをされ、恥ずかしさやドキドキで悲鳴が出そうになる。
「静かにしないと、あいつにバレちゃうよ」
私の唇に人差し指をあて、ユリウスは綺麗に微笑む。
その笑顔があまりにも綺麗で色気に溢れていて、また鼓動が早くなっていく。
「今日一日の分、もう少しだけ。ね?」
「し、死ぬのでもう無理です……」
「俺がレーネを死なせるわけないって言ってるのに」
ユリウスはひどく優しい手つきで私の髪をそっと耳にかけ、顔を近付けてくる。
出会った頃とはまるで別人の、甘すぎる声や表情に動揺を隠せないでいると、唇が重なった。
「これからはあいつの目を盗んでしようね」
「…………っ」
「いけないことをしているみたいで、ドキドキする」
そう言って口角を上げたユリウスは、この状況を楽しんでいるようにも見える。
「おやすみ、レーネちゃん」
最後にもう一度、私の頬に唇を押し当てたユリウスは私の頭を撫で、自分の部屋へ入っていく。
私はユリウスの部屋のドアが閉まった後も、しばらくその場から動けずにいた。
──実のところ私は内心、ルカが一緒に住むことでユリウスとの触れ合いも減って心臓の負担を心配する必要もなくなるだろうと、高を括っていたんだと思う。
けれどむしろユリウスに火をつけてしまった気がして、動揺とドキドキでいっぱいになりながら火照る頬を両手で抑えたのだった。
◇◇◇
ユリウスとルカと暮らし始めてから、一週間が経った。
昼休みに食事をしながら友人達に話したところ、みんな「羨ましい」という反応で、親元を離れて暮らすということに憧れがあるらしい。
そもそもこの世界の貴族は大人になっても「一人暮らし」という概念はあまりないんだとか。
「すげえ、楽しそうだな! マジの自由じゃん」
「良かったら遊びに来てほしいな。あ、お泊まり会という名の勉強合宿もいいかも!」
「いいな、それ。吉田も一緒に行こうぜ!」
「お前らとの泊まりにいい思い出がないんだが」
過去、エレパレスや夏休みに散々な目に遭った吉田の言葉には、かなりの重みがある。
エレパレスのことを思い出したことで、ふと気付く。
「そういえば、もうすぐ秋休みだね」
夏休みが明けたばかりだというのに、もう秋休みだなんて時の速さが恐ろしい。
「本当にあっという間ね。すぐ三年生になりそうで怖いわ」
ハートフル学園には毎年、六日間の秋休みがあり、去年は吉田とヴィリーとエレパレスにあるパーフェクト学園に潜入するというミッションをこなした。
今年ももうすぐその時期がやってくるものの、まだ何の予定も決めていない。あっという間に冬休みも来てしまいそうで、一日一日を大切にしなければ。
「去年は面白かったよな」
「他校で一人コスプレをさせたり、本当に吉田には申し訳ないことをしたよ……」
「あはは、パーフェクト学園には僕も行きたかったな」
昨年は吉田と三人でアンナさんに会うため、第二都市エレパレスへ行き、パーフェクト学園に潜入したことを思い出す。色々なことがあったけれど、今では全て良い思い出だ。
「姉さん、今年はどうするの?」
ケーキを切り分け、それを乗せたフォークを差し出してくれるルカに、そう尋ねられる。
ありがたく甘さのちょうどいい栗のケーキをいただいた後、私は口を開いた。
「実は全く決まってないんだ。冬のランク試験の勉強をしようかな、くらいで」
「じゃあ俺と遊ぼうよ」
「もちろん! ユリウスとのこともあるから、全部かどうかは約束できないんだけど」
「絶対だからね? 約束だよ! 大好き」
あまりにも可愛らしいルカの上目遣いにやられた私は、反射で頷いてしまう。
本当に弟、この世で最も可愛い存在すぎる。
「どこか行きたいところとかあるの?」
「特にないよ。姉さんと一緒ならどこでも嬉しいし、姉さんの行きたいところがいいな。俺は普通の遊び方とかよく分かんないから」
確かにルカには、友達という友達がいる気配がない。常に周りに人はいるけれど、友達というよりも「舎弟」や「部下」という言葉が似合いそうな関係に見える。
ぜひ今回の秋休みは普通の遊びをして、学生らしさを味わってほしい。
「じゃあ暇な時とか休みの日、何してんだ?」
「カジノで遊ぶくらいかな。もう行くつもりはないけど」
「まじ? すげえ、かっけえな!」
さらっと学生らしからぬことを言うルカに対し、ヴィリーは目を輝かせている。
以前、ルカの趣味がカジノだと聞いた時にはかなりの衝撃を受けた。小銭稼ぎや暇潰しになる、ルカと行けば上客としてもてなされるなんて話す弟が、やけに遠く感じた記憶がある。
「家族にも聞いて、予定を確認しておくわね」
「うん! 暇な人たちで集まって遊べたらいいな」
私やルカ以外は家族との兼ね合いもあるため、みんな予定を確認してきてくれるそうだ。
夏休みに遠出をしたばかりだし、近場でゆっくりと過ごすのもいいかもしれない。
「よし、秋休みまでに私が計画を立てておくね!」
「ありがとう、楽しみにしているわ」
ユリウスやルカの予定も確認して、せっかくの休みを満喫するプランを立てようと決意した。
帰宅後は部屋にこもって勉強した後、今日は三人で近所の食堂へ行くことにした。
今では老夫婦がやっている小さな食堂が、私達の行きつけになっている。シェフを呼んで夕食を作ってもらうよりも安価な上に美味しいため、夜はそこで食事をすることが多くなっていた。
「秋休みは特に何の予定もないよ。レーネに合わせる」
「へえ、また休みがあるんだ。俺は姉さんと一緒に過ごせればなんでもいいや」
二人も予定は未定らしく、近々どこかへ出かける計画を立てようという話になった。
とんでもない事件に巻き込まれた地獄の夏休みの二の舞にならないよう、安全面も気をつけようと思う。
「ばーさん、おかわり」
「こら、ルカ! そんな言い方しないの」
「はいはい、いいんだよ。今すぐ持っていくからね」
ルカもあっという間に行きつけの食堂の顔馴染みになり、まるで祖父母の家に遊びに来たみたいに過ごしている。
おばあさんもそんなルカを可愛がってくれていて、デザートまでおまけしてくれていた。
「私達にもおじいちゃんおばあちゃんっているの?」
「父さんの方はもう死んでるよ。母さんの方は知らないな」
「そうなんだ」
母方の方はルカも幼い頃に一度会ったことがあるだけで、両親が離婚してからは一度も連絡を取っていないという。
元のレーネに届いていた手紙の中に、祖父母や親戚からのものはなかった記憶がある。
「あいつが縁を切らせていてもおかしくないよね」
「うわあ……ありそう」
ウェインライト伯爵は「平民だから」という理由で父やルカとの関わりを絶たせていたし、母の実家に対しても同様の対応をしていても不思議ではない。
本当にどうしようもないとげんなりしつつ、レーネの母については知らないことばかりで、血の繋がった祖父母にもいつか会ってみたいと思った。
「ばーさん、肩叩いてやろうか。俺、いつも父さんのやってたから上手いんだよ」
「あら、嬉しいねえ。いいのかい」
ルカは優しい食堂のおばあさんによく懐いていて、まるで本当の孫と祖母のような二人の穏やかで優しい光景に心が温かくなる。
「あいつ、かわいいところあるよね」
「ふふ、そうだね」
ユリウスも頬杖をついて口角を上げながら、その様子を見守っている。
そうして「明日は何が食べたい?」なんてやり取りを聞いては、また笑みがこぼれた時だった。
「おい、いるんだろ! さっさと出てこい!」
突然荒々しい音を立てて、古びた木でできた食堂のドアが開く。そしてずかずかと中へ入ってきたのは、黒いスーツを着た中年の男性だった。
太い首筋からスキンヘッドの頭にまで蛇の刺青が入っており、がっしりした体躯や態度と人相の悪さを見る限り、とても堅気には見えない。
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