誕生日パーティー 2
ブスだとかバカだとか言っている、この失礼すぎる美少年は一体誰なんだろう。
そう思いながらじっと整いすぎた顔を見つめれば、何故か彼は「なっ、お」という不思議な声を漏らした。
「お前、本当にあのレーネなのか……?」
「多分そのレーネです」
美しい水色の髪をした彼は、私と同い年くらいに見える。何の知識もない私でも、目の前のイケメンが上位貴族らしいことは服装や雰囲気でなんとなく分かった。
そんな彼は、戸惑ったような様子で私を見つめている。
「あの、どちら様ですか? 実は私、記憶喪失でして」
「は? 記憶喪失?」
そう告げると、彼は驚いたように金色の瞳を見開いた。同時に、掴まれている手首に力がこもる。
「本当に俺のことが、分からないのか……?」
「はい」
彼は一瞬、傷付いたような表情を浮かべたけれど。すぐにハッとしたように我に返ると、口を開いた。
「俺はセシル、お前の従兄弟だ」
「いとこ……」
なるほど、納得の美貌だった。ウェインライト家のDNAは強すぎると思いつつ、素朴な顔をした人が恋しいと私は思い始めていた。この世界は神作画すぎる。もはや劇場版だ。
「俺のこと、本当に何も思い出せないのか」
「はい。さっぱり」
「……本当に別人になったみたいだな」
「らしいですね。それよりも兄のところに行きたいので、手を離してくれませんか?」
「イヤだ」
「ええ」
彼はそう言ってのけると、切れ長の瞳で私を睨んだ。
「お前が俺のことを拒否するとか、生意気なんだよ」
「ええ……」
突然現れた俺様系イケメンの従兄弟に、私も戸惑いを隠せない。彼の様子を見ている限り、きっと過去にレーネを馬鹿にしては虐めていたに違いない。心の中で敵認定をする。
そしていつの間にか、周りの人々も私達に注目し始めていることに気が付いた。端っこで静かに過ごすはずの予定が、いきなり失敗してしまった。
「とにかくお前は俺と居るんだよ、行くぞ」
「いや、なんで? どこに?」
そう尋ねても返事はなく、苛立ちが募り始める。ちなみに私は元々、理不尽な俺様系にはあまり萌えない派なのだ。
ぐいぐいと私の手を引き歩き出す彼に、これ以上舐められないよう一言きつく言おうかと思っていた時だった。
「ダメだよ、セシル。レーネは俺のだから」
そんな甘い声が耳に届き、ぎゅっと後ろから抱きしめられて。同時に、覚えのある柔らかい良い香りが鼻をかすめた。
「……ユリウス?」
「遅かったね、来てくれないのかと思った」
「その、色々ありまして」
軽く後ろを見上げれば、しっかりと正装をし、まるでおとぎ話に出てくる王子様のような姿をした兄の姿があった。
これはスチルどころの騒ぎではないと、思わず見とれてしまう私を見て、彼は「かっこいい?」なんて言っている。すぐにこくりと頷けば、彼は嬉しそうに瞳を細めた。
「ほら、手離して」
そうして私の手を掴んでいたセシルの手を無理やり離させると、セシルは「何すんだよ」とユリウスを睨んだ。
一方の兄は相変わらず余裕たっぷりの笑みを浮かべ、自身よりも少し背の低いセシルを見下ろしていた。
「お前、昔からレーネのこと好きだったもんね。俺以上に嫌われてたみたいだけど」
「なっ……」
「好きな子には優しくしないと駄目だよ」
「バ、バカ言うな! 誰がこんな……こんな、」
そこまで言うと、何故か彼は私を見つめたまま頬を赤く染めて口ごもった。どうやら図星らしい。小学生の男子でも今時、ここまで不器用ではないだろう。
「おい、待てよ!」
「待たないよ。今日は来てくれてありがとね」
背中越しに聞こえてくる声を無視して、ユリウスは私の手を取り歩いていく。三人の関係性がいまいち分からないなと思いながら、兄の後ろを着いて行こうとしたけれど。
「お前、ユリウスのこと一生許さないって言ってただろ!」
「……えっ?」
聞こえてきたそんな言葉に、私は思わず足を止める。
「それ、どういう……」
「行こう」
けれど有無を言わさない笑顔を浮かべた兄によって、私は手を引かれ、再び足を前に進めたのだった。
◇◇◇
「あいつ、昔からお前を気に入ってて虐めてたんだよね」
「そうだったんだ」
セシルから離れた場所まで来ると、彼は私にジュースの入ったグラスを渡し、自身のそれとこつんとぶつけた。主役である兄と共にいるだけで、常に刺さるような視線を感じる。
ちなみに従兄弟であるセシルは私と同い年で、この国の第二都市にあるパーフェクト魔法学園に通っているらしい。驚きのダサさに目眩がした。
「それにしても、今日もかわいいね。よく似合ってる」
「ありがとう」
そして兄は恥ずかしくなるくらいに、何度もかわいいと言って褒めてくれていた。美しく着飾った令嬢が溢れるこの会場の中で、私が一番可愛いとまで言っている。本当にそう思っているのだろうか。
「あ、お誕生日おめでとう。プレゼントは後で渡すね」
「ありがとう、楽しみにしてる」
「それじゃ、私は行くので」
「待って」
おめでとうと兄に言う目的を果たした今、彼の下を離れ、残りの時間は隅で大人しくしていようと思っていたのに。
ユリウスの手は再び、がっしりと私の手を掴んでいた。
「レーネちゃん、どこに行く気?」
「ええと、端の方に……」
「レーネには今日ずっと、俺の隣にいてもらうよ」
「えっ」
本当に勘弁して欲しい。一応は勉強してきたものの、社交のルールも招待客についても大して知らないまま、主役の隣に居続けるなんて流石の私も精神が削れてしまう。
「ていうか最近、俺のこと避けてたよね?」
「…………」
「その様子を見る限り、俺を喜ばせるために何か準備をしていたせい、とかではないみたいだね。酷いな、傷付いた」
「……ええと」
「後でゆっくり、二人きりで話を聞かせてもらうから」
にこりと微笑んだ兄の目は、やはり全く笑っていない。
「今日は俺達の将来のために、レーネをみんなにお披露目する日にしようと思ってるんだ」
「……将来?」
「うん。頑張ろうね」
さっぱり意味がわからない。そうして何もかも分からないまま、私にとって地獄のような一日が幕を開けたのだった。