3人での日々
「姉さん、あの女と揉めたんだって? 噂で聞いたよ」
「い、一年生にまで広まってたんだ……」
もはやジェニーとのやりとりは全学年に広まっていたようで、ユリウスとの件と合わせて嫌な時の人になってしまったと、恥ずかしくなる。
「姉さんもあいつも有名だしね。ていうか姉さんの周り、みんなだけど」
どうして仲が良いのかとよく聞かれるらしく、答えに困っているらしい。
「ていうかもう、俺も姉さんの弟だってみんなに言いふらしたいな。もう俺の身分も貴族になったからそんなに迷惑はかけないだろうし、だめ?」
元々はウェインライト伯爵家側のことを気にして、関係を伏せていた。けれど今やもうユリウスとの関係も明らかにしたし、もうあの家がめちゃくちゃだと広まったところで今更だろう。
私も可愛くて大切なルカは自慢の弟だと、全世界に言いふらしたいくらいだった。
「ありがとう、私もだよ! もうみんなに言っちゃおう!」
「やった! 嬉しい、姉さん大好き!」
「わっ」
満面の笑みを浮かべたルカが思いきり飛びついてきたことで、勢い余って床に倒れ込む。
ルカは全く気にせず私に抱きついたまま、すりすりと頬擦りをしている。
「学園内では姉さんにあんまりくっつかないようにしてたんだよ。姉さんが年下の男好きみたいに思われるって、あいつがうるさいから」
「気を遣わせてごめんね。これからは仲良し姉弟として堂々としていこう」
「うん! 姉さんは俺の自慢だから」
「ル、ルカ……お姉ちゃん、もっと立派になるからね……」
余裕でSランクのルカに比べれば、Cランクの私なんて至らないところだらけだというのに。
自慢だと言ってくれるルカはすごく喜んでくれていて、これまでずっと我慢をさせていたのだと思うと罪悪感と愛しさが込み上げてくる。
そんな気持ちを込めてぎゅうううっと抱きしめ返していると、不意にドアが開く音がした。
「……何してんの」
不機嫌な声がして視線を向ければ、ドアに背を預け、腕を組んでいるユリウスの姿があった。
床の上に転がって抱きしめ合っている私達を、冷ややかな目で見つめている。
「何しに来たわけ」
「夕食、どうするって聞きにきたんだよ」
いつの間にか、もうそんな時間になっていたらしい。今日はルカが来た記念に豪華なものにしてもいいかもしれない、なんて思っていたのに。
「俺、いらない」
「えっ?」
身体を起こしたルカは、さらっとそう言ってのけた。
「面倒だからいつも食べてないんだよね。旅行の時とかは周りに合わせてたけど」
「ええっ」
寮には食堂があって寮生はそこで食べると聞いていたけれど、ルカは部屋から出るのが面倒で食べないことがほとんどらしい。朝食さえもよく抜いていると知って、絶句してしまう。
私は前のめりになり、平然と話すルカの両腕を掴んだ。
「そんな生活、絶対にだめだよ! ルカは成長期なんだからたくさん食べなきゃ! 今日からは三食しっかり栄養バランスを考えてとってもらうからね!」
珍しく私が大きな声を出してきつく言ったせいか、ルカはきょとんとして、私と同じ色の目をぱちぱちと瞬いている。
「姉さん、母さんみたい」
「はっ……ごめんね、ルカが心配でつい」
「ううん、嬉しい。姉さんの言うこと、ちゃんと聞くよ」
笑顔で素直に受け入れてくれているルカはやはり良い子だと胸を打たれつつ、これからは私がしっかりしようと心に誓った。
その一方で夏休み中に二人でお泊まり会をした際、お互いに質問をしあったりしたけれど、やはり私はルカのことをまだまだ知らないのだと実感する。
好きなこととか趣味だとかそんな話が中心で、ルカの過去についても詳しくは知らないまま。
「ねえルカ、私ルカのことがもっと知りたいな」
「どうしたの? 急に」
「ルカのことが大好きだからだよ。今のルカのことも、昔のルカのことも知りたいなって」
血の繋がった唯一の姉弟なのに、私はルカがどんな暮らしをしていたのかも詳しくは知らない。
これからは離れて暮らしていた過去を、少しずつでも埋められたらいいなと思う。
「…………」
けれど素直な想いを伝えると、ルカの口元からは笑みが消えた。その代わりにルカの整いすぎた顔にはどこか寂しげな、自嘲するような表情が浮かんだ。
「……俺の全部を知ったら、きっと姉さんも好きだって言ってくれなくなるよ」
「私はどんなルカだって大好きでいる自信があるよ!」
間髪入れずにそう言ってのけると、ルカは目を見開いた後、私の腕に顔を埋めた。
「本当にそうだったらいいのに」
そう呟いたルカは、私の言葉を信じてくれていないようだった。言葉で伝わらないのなら、態度で示していくしかない。
これから先も全力で伝えていこうと決意しながら、ルカをぎゅうっと抱きしめ返した。
「ま、とりあえず何か食べに行こうか。俺も支度してくるから、何を食べたいか決めておいて」
そんな中、ずっと黙っていたユリウスが口を開いたことで、沈黙は破られる。
ルカはユリウスの声ではっとした様子を見せた後、いつも通りの愛らしい笑顔に戻っていた。
「ごめんね。姉さんの食べたいものにしよ?」
「ううん、こちらこそ! 私はルカが食べたいものがいいな」
「じゃあ俺、美味しい肉料理が食べたい」
「決定ね! 私も準備してくるから、居間で待ち合わせしよう」
私も笑顔を返し、ルカの部屋を後にする。
足早に自室へと向かいながら、私はぎゅっと胸の前で右手を握りしめた。先程のルカの表情や言葉がどうしようもなく気がかりだった。
「……ルカに何があったんだろう」
ルカが何を抱えていて、どう生きてきたんだろう。
それでもあんな表情を見てしまったら、これ以上尋ねることなんてできそうになかった。
◇◇◇
その後は馬車に乗って王都の中心にある高級なレストランに行き、三人で仲良く食事をした。
ユリウスがたまに行くというそのお店は牛肉料理が有名らしく、お肉をリクエストしたルカも満足した様子で、私もあまりの美味しさに感動してしまった。
「はあ、幸せな苦しさ……お腹が破裂しそう」
「喜んでくれたなら良かったよ。また行こう」
ユリウスはどこまでも優しくてスマートだなと感心しつつ、実はお会計時に見えた0の数にびっくりしていた。ユリウスは平然と支払っていたけれど、貴族の感覚にはまだ慣れそうにない。
「あ、さっきの金は払うよ。世話になりっぱなしは嫌だし」
そんな中、ルカはユリウスに対してそう言ってのけた。けれどすぐに、ユリウスは小さく首を左右に振る。
「いいよ。あの家では俺が全て払うことになってるから」
「……どうも」
素直にお礼を言ったルカに、笑みがこぼれる。
ユリウスは私にも絶対にお金を出させてはくれなくて、その分、メイドが入らない間なんかは私が簡単な家事や掃除などをするようにしていた。
私達に気を遣わず、ルカにはゆっくり過ごしてほしいと思う。
「私とユリウスのこと、第二のお父さんとお母さんだと思っていいからね」
「ごめん、あいつが父親は生理的に無理かな」
笑顔でノーサンキューをされながら帰路についた後は、三人でカードゲームをして遊んだ。
ユリウスとルカに仲良くなってほしいと思い、私が言い出した──けれど。
「今度は俺の勝ちだね」
「お前さ、悪い遊びしてるだろ。そういう奴特有の手つきをしてるんだよね」
「さあ? ていうかお前こそ、なんで分かるわけ?」
和気藹々とする予定が、命を懸けた闇のゲームのような殺伐とした空気になってしまっている。ちなみに激弱な私は負けすぎて、魂まで抜かれているレベルだった。
「残念、次は俺の勝ちだね」
「うっざ、もう一回! 絶対に俺が勝って終わるからな」
それでも、なんだかんだルカは楽しそうで、ユリウスも意地悪を言いながらも付き合ってくれていて、大好きな二人のそんな様子を見ているのは幸せな気持ちになった。




