ふたりだけの日々 4
次の瞬間には両肩をきつく掴まれ、思いきり揺さぶられる。
「待って何それ、意味分かんない。なんで、ねえなんで? 吐きそうなんだけど」
「ご、ごめん……うっ、多分私の方が吐きそう……」
食べたばかりの昼食が出てきそうになり、必死に訴えると「あ、ごめん」と止めてくれた。
「どうせお前のせいだろ」
「お前の許可は必要ないからね」
「あ?」
ルカは空いていた私の隣の席にどかりと腰を下ろすと、腕を組んで背に体重を預けた。
「決めた、俺もそこに住むから」
「げほ、ごほっ」
突然のルカの発言に驚き、咳き込んでしまう。
「お前みたいな奴、いつ間違いを起こしてもおかしくないからね。もしも拒否した場合は俺が新たに家を用意して、姉さんを連れていくから」
「ええっ」
私も初耳で、まさかルカがそんなことを考えていたとは思わなかった。
ルカは長い足まで組み、それはもう偉そうな態度でユリウスへ視線を向けている。
「俺がそんなことを許すとでも?」
「はっ、俺達の父さんがこのことを知ったらどう思うだろうね」
「……お前さあ」
実の父を出してきたことで、ユリウスも呆れた表情を浮かべ、言い返せなくなっている。
確かに親からすると学生の身分で恋人と二人きりで暮らしているなんて、心配する事態のはず。
その上、父はユリウスのことや私との関係、何も知らないのだから尚更だろう。ルカはそれをしっかり分かった上で、ユリウスを脅しているらしい。
「ルカが心配してくれるのは嬉しいけど、私は大丈夫だよ」
「悪いけど、姉さんがそう言っても俺の気持ちは変わらないよ。絶対にぜったーいに二人きりで暮らすとか無理だから! 無理! 無理無理無理!」
ルカの意思は相当固いらしく、三人であの屋敷で暮らすか、父に話をして二人で家を出て行くかという選択肢しかないらしい。
後ろめたいことはないこともないものの、とにかく父に心配はかけたくない。どうしようと思っていると、ユリウスは「はあ」と大きな溜め息を吐いた。
「好きにすれば」
「ふん、最初からそう言えばいいんだよ」
仕方ないという顔をしたユリウスも、ここは折れるしかないと踏んだらしい。
まさかこの三人で暮らすことになるなんて、考えてもみなかった。
「ユリウス、ごめんなさい。ルカもこう、すごく心配性で」
「俺こそごめんね。レーネのお父さんには、ちゃんとしたタイミングで挨拶に行くつもりだから」
「あ、ありがとう……」
親に挨拶だなんて、将来を見据えた感があって少し照れてしまう。するとそんな私達を見ていたらしいルカは、チッと大きな舌打ちをした。
「ばーかばーか! 父さんにお前の悪口を言っておくからな!」
「……お前、レーネの弟であることに感謝しなよ」
そうでなければ一体どうなっていたのかと恐ろしくなるユリウスの圧に、冷や汗が出てくる。けれどルカは全く気にしていない様子で、私の腕に自身の腕を絡めた。
「姉さん、毎日一緒に寝ようね!」
「お前の部屋は夜、外から鍵を閉めることにしようかな」
「きっも。俺、監禁趣味とかないんだけど」
「俺だってないよ」
喧嘩を売り続けているルカと、笑顔ではあるものの全く目が笑っていないユリウス。
二人はまさに一触即発という雰囲気で、周りの生徒達も心配げな眼差しで二人を見ている。
──けれど、これはチャンスかもしれない。
ユリウスとルカはいつも言い合いばかりしているし、同じ屋根の下で過ごすことで互いの良さを知ったり、これまでより親しくなったりするきっかけになる可能性がある。
大好きで大切な二人はこれから先もずっと関わっていくことになるのだし、ここは私が潤滑油となって、二人の仲を取り持つべきだろう。
「とにかく三人で仲良く暮ら──」
「俺も一緒に住むからには、絶対いちゃつかせたりしないから」
「勝手に言ってれば」
「み、みんな仲良く楽し──」
「は? むしろ別れさせてやろうか」
「俺とレーネは結婚するし、諦めた方がいいよ」
「お前の弟になるとか絶対に無理、だる」
「…………」
二人の関係に少し──かなり不安はあるものの、そんなこんなで私とユリウスとルカ、まさかの三人での生活が始まることになったのだった。
騒がしいランチタイムを終え、ユリウスとルカと別れて教室へ戻る途中、前から歩いてきたのは数日ぶりのジェニーで、思わず足を止める。
「ジェニー……」
いつも綺麗に編み込んで結い上げられている髪は下ろされていて、その表情はひどく暗い。最近ずっと感じていたことだけれど、さらに拍車がかかっているように見える。
やがてジェニーは目の前まで来ると私の胸ぐらを掴み、思いきり廊下の壁に叩きつけた。




