ドキドキハラハラの同棲生活 2
「……ここがその『小さな屋敷』なんですか?」
「そうだよ」
それからきっかり一時間後、私はユリウスと共に王都の街中にある屋敷を見上げていた。
白い外壁に青い屋根をした屋敷はとても綺麗で大きくて、私の語彙力では言い表せないくらいお洒落な建物だった。玄関までは広い階段が続いており、たくさんの窓がずらりと並んでいる。
敷地内には綺麗に整えられた庭や噴水、屋敷自体も本館だけでなく別館らしき建物もあって、一般的な貴族が家族で暮らすようなレベルではないだろうか。
「隣の小屋でした、なんてオチはなく?」
「俺がレーネをあんなところに住まわせると思う?」
もしやと思い、敷地横の木でできた風で吹き飛びそうなボロボロの小屋を指差してみたものの、即座に笑顔で否定された。
「家具とか食器とか、一緒に買いに行って揃えようね」
本格的に同棲を始めるカップルのようだと思いながら、手を引かれてそのまま玄関へと向かう。
階段を上がっていき玄関ホールに入ると、口からは「うわあ……」と感嘆の声が漏れた。
てっきりがらんどうなのかと思っていたけれど、玄関のお高そうな花瓶には綺麗な花が生けられているし、廊下に続く壁にはこれまたお高そうな絵画が飾られている。
そのまま足を進めると、まず目に入ったのは居間らしき部屋で、豪華な内装の中にはソファやテーブル、全ての家具が揃っていた。お洒落な謎のオブジェのようなものまである。
現在進行形で誰かが暮らしていてもおかしくないくらいで、驚きを隠せない。
「もう普通に暮らせそうじゃない? すごくお洒落だし、前に住んでいた人のものとか?」
「ううん。全部用意させたんだ、さっき」
「……さっき?」
「そう、一時間前に」
詳しく話を聞いたところ、本当についさっき家を出て行った後、知人に頼んでゼロから揃えて用意してもらったらしい。
ユリウスは「全部有り合わせみたいなものだから、揃え直そう」なんて言うけれど、私からすればどれも高級品だし素敵で、文句のひとつもないくらいだった。
「こっちがレーネの部屋だから、好きに使ってね。俺の部屋はその隣だから」
案内された部屋はどれも綺麗で広くて、今の屋敷での生活と全く変わりなく過ごせそうだ。私の荷物もほとんど運び込んでくれており、あっという間に何の不安もなくなっていた。
「掃除は基本的に俺達が学園に行っている間に入らせるし、食事は必要な時に作りに来てもらう契約をしてあるから。この辺りは店も多いから食べに行ってもいいし」
広い屋敷をぐるっと回って居間に戻ってくると、ユリウスは手ずからお茶を淹れてくれた。
隣り合ってふかふかのソファに座り、真新しいティーカップでお茶をいただく。
「えっ、美味しい」
「そう? 良かった」
下手をすると伯爵邸にいたメイドが入れたものよりも美味しくて、あっという間に飲み干してしまった。先ほどは私が代わりにやると言ったものの、余計なことはしないでおくべきだった。
「でも、忙しいのにいつの間にこんな練習をしたの?」
「一度もしてないよ。メイドが淹れるところは毎日のように見てるし、真似をしただけ」
「…………」
流石すぎて私は大人しく「すみません、おかわりをいただけますか……」とティーカップを差し出すことしかできない。
「レーネは基本、身支度は自分でしてるよね? 専属のメイドも雇う?」
美しい優雅な所作でお茶を淹れながら、ユリウスは尋ねてくれる。
「ううん、社交の場に出る時とかは流石に不安だけど、それ以外は大丈夫かな」
「分かった。その時だけ手配するよ」
「何から何までありがとう」
本当にユリウスに何もかもを任せっぱなしで、申し訳なくなる。ティーカップを置くと、私はユリウスの袖をくいと引っ張った。
「私にできることってある? お金も全然なくてごめんね」
するとユリウスはきょとんとした表情で目を瞬いた後、噴き出した。
「いいんだよ、全部俺のワガママだから。レーネは俺の側にいてくれるだけで」
本当にかわいいね、なんて言って頭を撫でてくれるユリウスは、私を甘やかしすぎな気がする。
何かひとつくらいはとなおも尋ねた結果、ユリウスは少し悩んだ後、口を開いた。
「たまには何か作ってもらおうかな? 前にレーネが作ってくれた夜食、美味しかったから」
「もちろん、それくらいならいくらでも!」
あの時はスープを作ったくらいだったし、凝ったものは作れない。けれど、この世界のものとは違うものも作れるため、気に入ってもらえるかもしれない。
「今日のお昼とかまだ料理を頼んでないなら、早速作ろうか?」
「いいの? 嬉しいな。この後は予定もないし一緒に近くの市場に買い物に行こっか。生活必需品とかも見ておきたいし」
「うん! ぜひお願いします」
お茶を飲んだ後はこのまま部屋に戻ってお互い着替えて、買い物に行くことになった。
「ユリウスはどんなものが食べたい?」
「レーネちゃん」
「…………」
「あはは、冗談だよ。でも新婚みたいだね」
家の中だというのに手を繋ぎながら、それぞれの部屋へ向かって廊下を歩いていく。
最初は二人で家を出るなんてどうなることかと思ったけれど、廊下で顔を合わせる度に嫌な顔をしたり嫌味を言ったりしてくる家族もいないし、なにもかも自由だと思うとワクワクもしてくる。
前世で施設を出て一人暮らしを始めた時の高揚感に似ているかもしれない。ユリウスが一緒だと思うと、安心感も嬉しさもドキドキも桁違いではあるけれど。
「じゃあ食事は明日の朝から手配するね。夜は近くの店にレーネの好きなものを食べに行こう」
「やった、何がいいかな」
きっと私もすごく浮かれていて、これからの生活がさらに楽しみになっていく。
「でも、基本はずっとこの広い屋敷に二人きり──っ」
やがて私の部屋となった部屋の前に着いたところで、ぐっと腰に腕を回され、抱き寄せられる。
「んっ、う……」
同時に唇が重なり、いきなりのキスに驚く間もないまま何度も口付けられる。
私は未だにキスの合間に上手く呼吸ができず、長いそれにだんだん息苦しくなっていく。
「ま、待って……」
「無理」
ぐっと身体を押して抵抗しても、その手を絡め取られ、壁に押し付けられる。苦しさで指先を絡めた手をきつく握ると、ユリウスが薄く笑った気がした。
ようやく離してもらえた時には私は壁に背を預け、床に座り込んでしまう。
「ここには俺達しかいないから、何でもし放題だね」
「…………っ」
肩で息をする私の前にしゃがみ込んだユリウスは、不敵に笑う。
──ついつい浮かれてしまっていたけれど、もしかすると私はとんでもない選択をしてしまったのかもしれないと、今になって気付く。
「大好きだよ、レーネちゃん」
これから数ヶ月間、こんな調子の二人暮らしで心臓が持つだろうかと不安でいっぱいになった。




