誕生日パーティー 1
もちろん、ユリウスを助けたい気持ちはある。
けれどこればかりはどうにも出来ない。Sランクになるためには、誰かの感情を利用することになるのだから。
「急にごめん、困らせたよね」
言葉に詰まる私に対し兄はそう言って微笑むと、そっと頭を撫でてくれた。余計に申し訳なさを感じてしまう。
……同時に、兄が今まで優しくしてくれていたのは全てそのためだったのかと思うと、少しだけ寂しくなる。
けれど元々、ユリウスはいつも「俺自身の為だから」と言っていた。分かっていたことだというのに、私は思っていた以上に兄を慕っていたらしい。
「今日、本当に楽しかった」
「うん」
「またデートしようね」
胸がずきりと痛む中、私は小さく頷いたのだった。
◇◇◇
「ねえ、吉田はいま何が欲しい?」
「お前の兄と俺の欲しい物が同じだと思うか?」
「いや、全然」
数日後の放課後、私は帰ろうとしていた吉田を捕まえ、カフェテリアでお茶をしていた。誕生日を二週間後に控えた、兄へのプレゼントについての相談をするためだ。
ユリウスが何を欲しいのか、さっぱり分からない。この世界の流行りどころか、普通の贈り物すら知らないのだ。悲しいことに、前世でも男性に贈り物をしたことはなかった。
「アーノルド先輩に聞いてみるのがいいんじゃないか?」
「うーん……」
優しいアーノルドさんのことだ、相談や買い物に付き合って欲しいとお願いすれば、間違いなくOKしてくれるとは思う。けれど申し訳ないことに、妙な不安がつきまとうのだ。
それでも一応、相談だけさせてもらおうと決める。
「あ、そうだ。あとね、貴族の誕生日パーティーってどんな感じなのか教えて欲しいな。ダンスとかある?」
「そういやお前、記憶喪失だったな。忘れていた」
そうして吉田は、この国の貴族の誕生日パーティーについて丁寧に教えてくれた。
普通、主役の身内は挨拶周りをしたりするらしいけれど、記憶喪失という設定且つ元々内気なレーネは、間違いなく戦力外で何の期待もされていないだろう。
端で大人しくしていれば何の問題もないはずだと、彼は言ってくれた。それにアーノルドさんといった兄の知人も来ると思うと、少し安心する。とにかく空気に徹しようと思う。
ちなみに最後は主役がダンスを踊るのが主流らしい。兄がパートナーの美女(仮)と踊る姿はきっと、御伽噺のように美しい光景に違いない。
「色々教えてくれてありがとう。あとは、ユリウスが喜んでくれるものを探さないと」
「本当に兄と仲が良いんだな」
「……そうだといいんだけどね」
もしも私が絶対にSランクになれないと知ったら、兄は冷たくなってしまうのだろうか。そう思うと、少し怖い。
最近は優しくしてもらうのが申し訳なくなり、ほんの少しだけ兄を避けてしまっている。
そんな中、気になっていたことを思い出し、口を開いた。
「ねえ、変なこと聞いてもいい?」
「なんだ」
「私のこと、好きになり始めてたりしないよね……?」
「安心しろ。嫌いになり始めたところだ」
「ごめんって」
もしも吉田が攻略対象だったらどうしようと、不安になっていたのだ。私がこの世界に来てからと言うもの、彼は兄を除いて一番会話をしている男性で。
友人として彼との距離は縮まっているような気はしているけれど、システムによって好感度が上がり、それが恋情に変わってしまってはお互いに困る。
「私のこと、恋愛の好きになり始めたらすぐに教えてね。吉田とはずっと友達でいたいから、本当にごめんね……」
「なぜ俺は振られている?」
少しでも妙な気持ちの変化を感じたら、教えて欲しいと必死に頼み込めば、吉田は渋々頷いてくれた。好きだ。
◇◇◇
そしてあっという間に、ユリウスの誕生日パーティー当日を迎えた。屋敷内は朝からバタバタとしていて、騒がしい。
彼に先日買ってもらったオーダードレスは、本当に美しく見事なもので。何より、レーネによく似合っていた。
「お嬢様、本当に本当にお綺麗です……!」
「ありがとう」
ローザはヘアメイクもバッチリしてくれて、鏡に映る私はまるでお姫様のようだった。主役でもないのにこんなに気合を入れて、大丈夫なのだろうか。
ちなみに今日のパーティーは、我が家の広く豪華なホールで行われる。時間通りに準備を終えたと思っていたところ、本館には家族の姿は既になかった。
なんと既に主役であるユリウスや家族は皆、会場入りしているらしい。どうやらまた、ジェニーの手先のメイドによって騙されてしまった。二週間ぶり三回目だ。
けれど、こちらとしては好都合だった。目立つことなく後から紛れ込むことができる。こそこそと煌びやかな会場内へ足を踏み入れれば、数え切れないほどの人がいて驚いてしまう。まるで絵本の中の世界のようだ。
とにかくユリウスに一言おめでとうと伝えて、後は端でケーキでも摘んでいようと決める。アーノルドさんのアドバイスを元にテレーゼと一緒に買いに行ったプレゼントは、パーティーの後に渡そうと思う。
そうして壁際を歩きつつ、兄の姿を探していた時だった。
「おい、ブス」
そんな言葉が、背中越しに聞こえてきたのだ。けれどレーネは間違いなくブスではない。関係ないだろうと無視をして歩き続けていると、突然右手をきつく掴まれて。
「無視すんな、バカレーネ」
振り返るとそこには、見覚えのない美少年の姿があった。