兄と妹、その終わり 3
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とはいえ名前は知らないだけで、顔は見たことがある同級生だ。確か二人とも、Aランクだったはず。
「個人戦の試合、かっこよかったよ! 感動しちゃった」
「ああ。すげー前のめりで応援しちゃったよな」
「あ、ありがとう……!」
心から褒めてくれているのが伝わってきて、嬉しくなる。
「ずっと話してみたいと思ってたんだけど、周りの方々が眩しすぎて近寄りがたくて……」
こうして普段、同級生に話しかけられることはあまりないと思っていたけれど、それが原因だったらしい。とはいえ、その気持ちもよく分かる。
「入学時はFランクだったのに、もうCランクだもんね。どうやって勉強してるの?」
「座学はとにかく予習復習に力を入れて、実技はユリウス……兄に教えてもらってるかな」
「あー、なるほどな。最近じゃウェインライトさん、低ランクの憧れなんだよ」
「あ、憧れ……? 私が?」
驚きながらも詳しく話を聞いたところ、低ランクでも努力をすれば成り上がれるという例を私やラインハルトが作ったことで、他の生徒達の良い刺激になっているんだとか。
それにより、最近ではFやEといったランクの生徒の成績が伸びているらしい。
「あとEランクの生徒が虐められてるの、助けなかった?」
「そんなことがあったような、なかったような……」
確かに以前、男子生徒が一人で数人の荷物を持たされて笑い者にされている姿を見つけ、やめるように声をかけた記憶がある。
加害者側の生徒達は上位ランクだったため、最初は「は?」と苛立った様子を見せたものの、そのうちの一人が主犯格らしい生徒に耳打ちをした途端に顔色を変え、大人しく去って行った。
全くその内容は聞こえなかったけれど、簡単に予想はつく。シスコンだと噂されているユリウスの妹である私に手を出せばまずい、といった話だろう。
「実はそれ、俺の幼馴染でさ。今度お礼を言いたいって話してたんだ。それにこの話もかなり広まってウェインライトさんは低ランクの生徒の光だって言われてるらしいよ」
「ええっ」
私が助けたと言うより、図らずともユリウスの威を借りてしまっただけなのに、大それたことになってしまっている。
とはいえ、私が他の生徒の良い刺激になっているという話は、純粋に嬉しい。そんな話を聞くと私自身もより頑張ろうとやる気が湧いてくる。
「あれ、ウェインライトさんだ! 今回、すごかったよね」
「今日のドレス、素敵だと思ってたの」
「あ、ありがとうございます」
二人と話していると、次々に見知らぬ生徒がやってきては話しかけてくれて、あっという間に私の周りは同級生でいっぱいになっていた。
やはり誰もが「ずっと話してみたかったものの、機会がなかった」と口にしていて、よほど私は話かけにくい立ち位置だったらしい。
もちろん、こうして話しかけてもらえることも、好意を向けてもらえることも嬉しい。
女の子達はみんなテレーゼに憧れているらしく、その美しさや素晴らしさについて一緒に語り、意気投合してしまった。私もテレーゼの良いところは一万個は語れる自信がある。
「良かったら、今度手紙を書いていい?」
「手紙?」
「おい、ずるいぞ。僕もいいかな?」
そんな中、男子生徒達からは「手紙を書きたい」と次々に言われ、私が知らなかっただけで世の男性は文通ブームなのだろうか。
「もし良ければ今すぐ帰って書いて、明日にでも送るよ」
「え、ええと……そんなに急がずとも……」
なぜそんなにも急ぐ必要があるのか分からないし、手紙への熱意がありすぎる。
みんなぐいぐいと迫ってくる上に、どこか恥ずかしげな緊張した様子で、男の子が手紙を書くのは照れくさいのだろうか、なんて考えていた時だった。
「はいはい、そこまで」
突然背後から腕が伸びてきたかと思うと、首元に回される。
そのまま私を引き寄せたのは、なんとディランだった。彼の国の正装なのか、派手でギラギラとしたエキゾチックで胸元の空いた服装が、あまりにも似合いすぎている。
それでいて王族特有のオーラも相まって、圧倒的な存在感と美しさを放っていた。周りにいた生徒もみんなその姿に見惚れており、一瞬辺りが静かになったほどだ。
「ディラン! 今までどこにいたの?」
「ホテルの部屋。普通に寝坊した」
これほど目立つ存在を今まで見かけなかったことに納得していると、ディランは私を捕獲したままどこかへ向かって歩き出す。
私は今まで話していた同級生達に「ごめんね、また!」と手を振って引きずられていく。やがて壁際まで辿り着くと、ディランは私からパッと手を離した。
「お前に男がいるの、みんな知らないわけ?」
「えっ?」
「前に兄貴だとか言ってた奴とくっついたんだろ? 見てれば分かるって」
以前エレパレスでディランと出かけた際、ユリウスに出会したことを思い出す。
『あんなの、どう見ても妹を見る目じゃねえだろ』
今は当時のディランの言葉の意味も分かるし、どうやら交流会の最中、私達が一緒にいる様子を見て今の関係も察したようだった。
彼になら話しても大丈夫だろうと思い、実は兄妹ではないものの、事情があって隠しているということを掻い摘んで話す。話を終えるとディランは「ふうん」と呟き、まじまじと私の顔を見た。
「さっさとバラせばいいのにな。さっきみたいなことだってこの先も起こるだろうし」
「流石にこう、家庭環境が複雑すぎるというか……」
──三兄妹全員の血が繋がっていないなんてこと、由緒正しい伯爵家において醜聞に繋がることくらい私でも分かる。
それでいて伯爵は、私ではなくジェニーがSランクになると思っているはず。
ジェニーが後妻の子だというのは世に知られていることだし、そのままジェニーが選ばれれば何もかもこのままで、特に問題はない。
一方なぜかレーネが後妻の子であること、レーネの母親との再婚や死別は知られていなかった。
だからこそ、私が選ばれさえしなければ余計な情報が外に漏れることもない。伯爵夫妻はそうなることを望んでいるからこそ、ユリウスやジェニーにも口止めをしているのだろう。
それならどうしてレーネも候補に入れたのか気になっていたけれど、最初からレーネに期待なんてしておらず、ジェニーに対しての圧力というか、危機感を覚えさせる程度に使えればいいと思っていたのかもしれない。
ユリウスとこの先ずっと一緒に生きていくなら、いずれ広く知られることではある。
けれど、それが今ではないということも分かっているつもりだった。私達はまだ学生の身だし、あの伯爵夫妻の望まないことをすれば、大変なことになるに違いない。
「ていうか、さっきみたいなことって?」
「あそこにいた男共、お前に手紙を送る気だっただろ」
「その手紙って、男の子の間で流行ってるの?」
素直に疑問を口にすると、ディランはおかしそうに笑い出した。全く笑うポイントが分からず困惑している私に、ディランは続ける。
「がっちり囲われてるのな。情報操作までされてんだ」
「じょ、情報操作……?」
「最近は若い男から女に手紙を送るって伝えるのが、暗にデートの誘いなんだよ。で、受け入れたらOKだって受け取られるんだわ。かなり本気の方の」
「えっ」
初めて知る話に、思わず大きな驚きの声が出てしまった。どうやら学校問わず、私達の年代はみんな当たり前のように知っていることらしい。




