まさか続きの個人戦編 2
ひとりステージ上に残った私は、万が一あの攻撃でも倒せなかった場合に備え、再度構えていたTKGをゆっくり下ろし、その場に立ち尽くす。
「か、勝った……?」
とにかくずっと無我夢中で次の次の次を必死に考えていたため、何もかもの実感がない。
それでも観客席に視線を向けると、柔らかく微笑むユリウスと目が合って、その形の良い唇が「おめでとう」動いたのを見た瞬間、本当に勝てたのだと理解することができた。
「…………っ」
Cランクの私がAランクの生徒に勝つなんて、大番狂わせにも程があるせいか、会場も大盛り上がりしている。
ずっと試合に集中していたせいで、周りなんて目に入っていなかった。
勝ったことによる達成感や、大きな拍手や歓声が全て自分に向けられている高揚感で、胸がいっぱいになっていくのを感じる。
相手は決して弱くはなかったけれど、確かな努力と実力による勝利だと実感していた。
「間違いなくあなたの作戦勝ちだわ。完敗よ、ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました!」
試合相手と握手を交わした後は観客席のみんなのもとへ行くと、心から勝利を喜んでくれた。
「レーネ、本当にすごかったわ! よく頑張ったわね」
「僕も感動しちゃった。レーネちゃんの努力が報われたっていう感じがして」
「なんか泣きそうになったもんな。俺にはあんな戦い方はできねえし、すげえよ」
「ああ。見違えるほど立派になった」
「おめでとう」
「姉さん、すっごくかっこよかったよ!」
「み、みんな……ありがとう……!」
きっと優秀なみんなからすれば、個人戦での一度の勝利なんて大したことではないはず。それでも私以上に喜んでくれる姿に、また感極まってしまう。
やっぱりこうして努力が報われる度に自信も芽生えて、頑張って良かったと笑顔が溢れた。
何よりこれまでで一番、自分の成長を感じられる機会になった気がする。
「レーネ、お疲れ様。練習の成果、ちゃんと出てたね」
ユリウスは優しく頭を撫でてくれて、とても誇らしい気持ちになった。
「何もかもユリウスのお蔭だよ、たくさんありがとう!」
めいっぱいの笑顔でお礼を告げると、ユリウスの後ろからアーノルドさんが顔を出した。
「ユリウス、レーネちゃんの試合を見ている間ずっと緊張しっぱなしだったんだよ」
「えっ?」
「あんなユリウスも初めて見たわ。本当に分かりやすい男になって」
やけに楽しげなアーノルドさんとその隣に座るミレーヌ様は口元に笑みを浮かべ、ユリウスへ生暖かいまなざしを向けている。
「うるさい、黙ってくれないかな」
当のユリウスはというと否定することもなく、ぽすりと私の肩に頭を預けた。
そして「はあ」と深い溜め息を吐き、私の手を掴む。
「……あんなに頑張るレーネをずっと側で見てたんだから、緊張しない方が無理だって」
ぽつりと呟かれた切実な言葉や普段のユリウスらしくない姿に、それほど心配や応援をしてくれていたのだと思うと、どうしようもなく胸が温かくなるのを感じる。
そんなユリウスにぎゅっと抱きつくと心からの「ありがとう」と「大好き」を伝えたのだった。
◇◇◇
今回の交流会では次回のランク試験での加点をかなり稼げたと、ほくほくしながら再び掲示板を見に行ったところ、セシルとディランの姿があった。
「お疲れ、いい試合してたじゃん」
「ありがとう! 二人も見てくれてたんだ」
「ああ。セシルなんてレーネの戦いぶりを見て、普通に涙ぐんでたぞ」
「は? ちがっ……!」
赤面するセシルに「ありがとう」と再度お礼を言ったところ「うるさい、レーネのくせに立派になりやがって!」と怒った様子で去って行ってしまった。ツンデレがすぎてもはや愛おしい。
そしてふと対戦表を見た私は、思わず二度見してしまった。
「えっ、私の次の試合相手ってディランなの?」
「何だよ、知らなかったのか」
なんとトーナメント式で勝ち上がった結果、次はディランと当たるらしい。とにかく一試合目に集中して全てをかけていたため、その先まで見ていなかった。
「ディランが個人戦に出るの、意外だったかも」
「そうか? 俺は団体競技とか絶対に無理なタイプだから、個人競技一択なだけ」
「なるほど、そっちだ」
彼との関わりはまだ少ないし詳しいことはほとんど知らないけれど、まさにそんな感じがする。
ディランはSランクで、さらっと何でもこなせそうな彼とまともに戦って勝てる気がしない。
それでもできる限りは頑張ろうと決意していると、ディランは「まあ」と続けた。
「怪我しないように三回戦の準備、ちゃんとしとけよ」
「……と言いますと?」
「俺は試合だろうとなんだろうと女と絶対に戦わねえ主義なんだわ。だから不戦勝ってことで」
「ええっ」
不戦勝でもランク試験の加点にはなるため、私としてはありがたい。けれどやはり正々堂々戦って勝った勝利じゃないと、もやもやしたものが残ってしまう。
「本当にいいの? クラスの人とか怒ったりしない?」
「ああ、一回戦は戦って勝ってやったし、十分だろ」
ディランは「昼寝してくる」と欠伸をして去っていく。
──そんなこんなで午後の一試合目は不戦勝で勝利してしまい、私はCランクながらまさかのまさかで三回戦に出場することとなった。
けれど流石にそこまで勝ち残っているのは全員Sランクの実力者で、勝つのは絶対に無理だろうし相手の胸を借りるつもりでいたのだけれど。
「なぜ僕の相手がよりによってお前なんだ」
「なんかすみません……」
なんと対戦相手はウィンさんで、本当にやりづらくて仕方ないという反応をされた。
とはいえ、試合は試合。
正々堂々と戦って完敗しようとしたものの、観客席からのユリウスの圧がとんでもなく、少しでも私を痛めつけた場合殺しに行きそうなオーラを感じる。
ウィンさんも同じ予感がしたようで、試合開始と共にふわりとマシュマロかと思うくらいの優しい風魔法で包まれ、そっとステージ外へと運ばれて試合終了となった。
そして続く六日目の個人戦ではそのままウィンさんが勝ち上がって見事に優勝し、本当に色々あった今回の交流会も全ての競技が無事に終了したのだった。




