ようやく応援に徹する編 2
もう何が起きたのかすら分からないほどのスピードで、口を開けたまま固まってしまう。
《いよいよ始まりました、ドラゴンレース! 既に先頭集団は王城の辺りまで到達しています》
競技場の端と端にある大きな水晶玉の上には王都の上空の映像が浮かび上がっており、放送部による実況と解説もあってかなりの臨場感がある。
離れた場所にある映像を映し出す技術があるのに、写真は存在しないというクソゲーらしい世界観がいまいち分からない。発明さえすれば、大金持ちになれるかもしれない。
《あっという間に中間地点、トップ争いをしている集団はかなりの混戦状態です! おっと、レース名物であるドラゴン同士の戦闘も始まっております!》
テレーゼや吉田、アンナさんも先頭集団の中におり、ドラゴン達は猛スピードで王都の空を飛んでいきながら、尻尾や翼で攻撃しあっている。
《一匹、また一匹と離脱していきます! 過去に類を見ないほどの激しい戦いです!》
押し負けたドラゴンがバランスを崩し、乗っていた選手が次々と落ちていく。もちろん優秀な先生達が魔法で安全を保っているため、一定の場所でふわふわ浮き、実際に落下することはない。
「が、頑張って……!」
それでも見ているだけでハラハラドキドキが止まらず、ルカの手をきつく握ってしまう。もしも私が出場していたなら、開始直後に気絶していた自信がある。
《再び会場へ戻ってくるその時が近付くものの、濃い霧の中に突入し、姿が見えなくなってしまいました! 果たして霧を抜け、最初に現れるのは誰なのか──!?》
水晶が映し出す映像は真っ白で、何が起きているのかほとんど見えない。吉田とテレーゼが現れてくれることを願いながら、息を呑んで待つ。
霧の中でも激しい戦闘が繰り広げられているようで、ドラゴンから振り落とされた人影が落下していく影がいくつも見える。
やがて猛スピードで霧を抜けてきた大きな影が、競技場内へ向かって飛んでくる。
《先頭集団を抜けて現れたのは──パーフェクト学園のアンナ・ティペット選手だー!》
なんと現れたのは青いドラゴンに乗ったアンナさんで、大きな歓声に包まれる。
アンナさんはふわりと着地し、そこへ放送部の生徒がインタビューのために駆けていく。その側では審判の先生が、苦虫を潰したような顔をしていた。
《一位、おめでとうございます!》
「やったあ、ありがとうございまーす!」
顔の横で照れたように手を振るアンナさんはアイドルのようで、両校の男子生徒が湧いている。
一方、いつまで経っても他の選手が現れることはない。
《他の選手が現れませんが、どうしたのでしょうか?》
「あの、ごめんなさい。実はこの子が全員吹き飛ばしちゃったんです」
アンナさんが撫でているドラゴンは、まさに鼻高々という顔をしている。
一位以外の選手が全員戦線離脱してしまうという異常事態に、会場内は騒然となっていた。
他の選手もみんな先生方によって無事にここまで運ばれている最中らしく、安堵した。
《なんということでしょう、ティペット選手、勝因などはありますか?》
「えっと、杏奈のことがすごく好きみたいで頑張ってくれたんです! ありがとう」
アンナさんにキスをされたドラゴンは、それはもう嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振っている。
《ドラゴンも美しい女性には弱いようです! まさかの展開でしたが、パーフェクト学園の勝利でレースは終了です!》
まさかのドラゴンをメロメロにして他の選手を全て倒し一人勝ちをするという、圧倒的なヒロイン力を見せつけられた私はとてつもない衝撃を受けていた。
体育祭の障害馬術にて謎のパレード状態でかぽかぽ歩き、一位をとった私とはえらい差だ。
「あの子、やっぱり変だよね」
「まさにリアル姫プレイ……私が本来目指すべきはアンナさんなのかもしれない……」
「うん、違うと思うよ」
ユリウスに冷静に突っ込まれながらも、私もヒロイン力を高めていこうと決意したのだった。
先生に回収されたテレーゼや吉田も戻ってきて、お疲れ様と労った。
「あいつのドラゴンの勢いは異常だったぞ。まともにやりあって、勝てるはずがなかった」
「ええ。本当にお姫様と家臣って感じだったもの」
方法や方向性はさておき、ある意味わずかな時間で強固な絆を作っての勝利のため、誰もが納得しているようだった。確かにペアの能力を引き出した選手が勝つというのは、当然のことだ。
しばらくアンナさんの姿は見えなかったけれど、競技場内でお花を摘んだ帰り、出入り口のところで出会した。
「あ、お疲れ様! 本当にすごかったね!」
「ありがとう! 実はね、彼が見に来てくれたの!」
そういえばアンナさんは続編の攻略対象である王子様と良い感じだと聞いていたのに、交流会にその姿はなかった。
話を聞いたところ、公務の予定と被って参加できなかったんだとか。けれど忙しい合間を縫ってアンナさんの出場競技だけは見にきたそうで、馬車の中で少しだけ話したらしい。
「ドラゴンにもやきもちを焼いてたの! かわいすぎる」
彼のことを幸せそうに話すアンナさんはこれまで見た姿の中でも一番かわいくて、やっぱり女の子が恋をしている姿はいいなあとしみじみ思うなどした。
「それでね、前にデビュタント舞踏会で話した身体が入れ替わる魔法のこと、覚えてる?」
「えっ? 覚えてる、けど……」
いきなりのシリアスな話題に困惑してしまいながら、こくりと頷く。
アンナさんも一度元の世界に戻ってしまい、絶対にもう戻りたくないと思った彼女は、過去に異世界人と入れ替わったことがあるという人の存在にたどり着いたと聞いている。
そして例の王子様の母国はこの国よりも魔法の研究が進んでいるらしく、詳しいことを引き続き調べてもらっている、という話だったはず。
「調べた結果、人と人が入れ替わる魔法に関する文献を見つけたんだって。でも、古代魔法のひとつみたいで、実現が不可能なお伽話レベルだったみたい」
「古代魔法……」
「その魔法を解析して相対するような魔法さえかけることができれば、私達が元の身体に戻ることがなくなるようにすることだってできるかもしれないのになあ……」
どうやら現代に生きる魔法使いには到底不可能なレベルの高度な魔法だったらしい。
けれどそれを実現できそうな人を、私は一人だけ知っている。とはいえ、とても協力してくれるとは思えないし、してくれたところで対価が恐ろしくて頼める気がしない。
ひとまずアンナさんは引き続き調査を続けるそうで、私も次に彼に会う機会があったなら、さりげなく聞いてみようと思った時だった。
「何の話?」
「わっ」
いつの間にかユリウスがすぐ側まで来ていて、口から内臓が飛び出すかと思った。どうやら会話の内容までは聞かれていなかったみたいで、胸を撫で下ろす。
「じゃあ杏奈はもう行くね! また明日」
「うん、本当にお疲れ様!」
気を遣ってくれたらしいアンナさんはあっという間に去っていき、ユリウスと二人きりになる。
ルカは吉田とラインハルトとご飯を食べに行ったらしく、なんだか嬉しくなった。
「私達はどうする? 少しだけお腹が空いたんだけど」
「今日は早く終わったし、街中に寄ってから帰らない?」
「もちろん! 何か欲しいものでもあるの?」
「ううん、特には」
ユリウスはあまり外出が好きではないことを、これまでの付き合いで知っている。それでいて用もなく街中へ行こうなんて珍しい。
そうして馬車で街中へ移動した後は、手を繋いで大通りを歩いていく。
「制服で出かけるの、久しぶりな気がする」
「だね。制服デートって言うんだっけ、こういうのって」
「はっ」
悪戯っぽく笑いながら、ユリウスは私の顔を覗き込む。
確かにユリウスと恋人という関係になってから、学校帰りに二人でどこかへ寄って遊ぶというのは初めてな気がする。
「せ、制服デート……」
昔からの憧れのワードに、ついつい胸が高鳴ってしまう。
「ねえ見た? 今の二人、滅多にお目にかかれないレベルの美男美女だったわ」
「お似合いだったわよね。学生かしら? かわいい」
すれ違う女性達が私達を見てそんな会話をしているのも聞こえてきて、口元が緩んでしまう。
「やっぱりレーネはそういうの、好きなんだ?」
「うん。今しかできないデートもそうだし、周りの人からお似合いって言われるのも嬉しいかも」
「……そっか」
笑顔の私とは裏腹に、ユリウスの表情はどこか暗いように見える。
「ユリウスはこういうの嬉しくない?」
「俺はレーネといられることに満足するから、場所とか周りの目はあまり気にしないかな」
なるほど、やはりこういうところに男女差があるのかもしれない。
けれど私もユリウスと出掛けられること自体が嬉しいし、それが制服だろうと私服だろうと変わりはなかった。
「この他にも、レーネがしたいことは全部しよう」
「ありがとう!」
それからも二人で食事をしたり買い物をしたりして、楽しい時間を過ごした。
けれど時々ユリウスは何かを考えるような、悩むような様子を見せていて、少しだけ気になってしまったものの、なんとなく聞けずにいたのだった。




