交流会・涙の水竜ボス討伐編 6
「な、なぜ気付かれたのでしょうか……?」
「同じ水中であれだけ騒いでおいて、気付かないとでも?」
確かにいくら大きな湖といえども、超巨大なボス水竜があれだけ大暴れした上に、私達四人も全力で魔法をぶっ放したのだから、魔力感知能力に長けているユリウスが気付かない方がおかしい。
「あっ、もしかして先生方にもバレて……!?」
「ううん。俺とアーノルドとミレーヌでバレないよう、魔法で誤魔化しておいたから大丈夫だよ」
「ユ、ユリウス様……!」
内緒で訳の分からない行動に出た私を気遣ってくれていたなんて、と感動してしまう。そして先生方まで出し抜けてしまう三年生組、恐ろしすぎる。
「ユリウス、バレないようにしてくれて本当にありがとう」
私だけが怒られたり罰を与えられたりするのはいいものの、協力してくれただけの他の三人まで巻き込むことだけは絶対にしたくなかった。
ユリウスは「いいよ」と小さく笑うと、小さくなっている私の頬を指先でつついた。
「俺がついていけないなら絶対に行かせない、って止められると思ったから隠してたんだ?」
「おっしゃる通りです……」
普段はなるべくユリウスに共有するつもりでいるけれど、今回ばかりは一回きりのチャンスを止められると困る上に、行動の理由も説明できないため、内緒で行動してしまった。
心配をかけたことを謝ろうと再び口を開くよりも先に、ユリウスは「でも」と続ける。
「過保護で面倒な男だって自信はあるから、レーネがそうする気持ちも分かるんだ。ごめんね」
「……え」
てっきり無茶をして怒られると思っていたため、戸惑いを隠せなくなる。
ユリウスが謝る必要なんて、絶対にないというのに。
「レーネの事情や気持ちを尊重したいとは思ってる。ただ、俺にとってレーネの存在はあまりにも大きいから、上手くできない時もあってさ」
「ユリウス……」
「これまではどんなことも上手くやってきたのに、本当に嫌になる」
そう言って拗ねたような表情を浮かべたユリウスは、年相応の男の子の顔をしていた。
「それでも、次からはちゃんと教えてほしい。一緒に行けない時だって、何かできることはあるはずだから。もちろん、どんな時でも俺が側でレーネを守りたいとも思ってるよ」
ユリウスの表情や声音、そしてまっすぐな言葉から、どれほど私のことを想ってくれているのかが伝わってきて、目の奥がじんと熱くなった。
こんなにも私のことを大切にしてくれる人は二度と現れないだろうと、改めて思う。
「怒られると思ってたんだ? 本当に分かりやすいね、レーネちゃんは」
悪戯っぽく笑ったユリウスはくすりと笑い、子どもをあやすように私の頭を撫でた。
泣きそうになるのを必死に堪えている今の私は不細工なはずなのに、やっぱりユリウスは「かわいい」なんて言う。
「グスッ……今日のユリウス、優しすぎて怖い……」
「あはは。まあ、俺も結構反省してるんだよね。夏休みにミレーヌに思いきり釘を刺されたから」
隣国でアーノルドさんと三人でお酒を飲み交わしながら、厳しいことを言われたようだった。
私としてはユリウスに不満なんてないものの、ユリウスには思うところがあるらしい。
「レーネの行動には意味があることも、それだけ必要なことだったってことも分かってるんだ」
「…………っ」
「だからヨシダくんやあのセシルだって、レーネに付いて行ったんだろうし」
そしてみんなが私を信用してくれていることにも、どうしようもなく胸を打たれていた。
──クソゲーヒロインに転生し、試験ごとにランクが上がらなければ即バッドエンドだとか、メレディスに殺されてしまう未来だとか、理不尽なことも数えきれないくらいある。
訳の分からない命懸けのイベントだって、きっとこの先もたくさんあるだろう。
けれどそれらが些細なことに思えてしまうくらい、私は周りの人々に恵まれていた。
「これからはちゃんと話すようにするね。心配をかけてごめんなさい」
「うん、ありがとう。でも今日の俺、かなり活躍したからレーネに見てほしかったな」
悪戯っぽく笑うユリウス達のチームはなんと、過去の最高記録の十倍という、信じられない記録を弾き出したそうだ。私も耳を疑い、三回も聞き直してしまった。
「す、すごすぎない……? いよいよ影分身みたいな魔法まで使えるようになった?」
「湖にいる水竜を全部狩りさえすれば、競技は強制的に終了になると思ったんだよね。そうしたらレーネのいる方に合流できるかなって」
「…………」
あと少しだったのにと肩を落とすユリウスはやはり、規格外だと改めて思い知らされる。
普通の人はまず、その発想自体が出てこないに違いない。
「とにかく無事に帰ってきてくれて良かった。疲れただろうし、ゆっくり休んで」
「うん、ありがとう! ……大好き」
感謝やたくさんの想いを込めて、最後にぎゅっとユリウスに抱きつく。
するとユリウスは何故か、大きな溜め息を吐いた。
「それ、俺が怒ってる時とかにしないでね。かわいすぎて全部許しちゃうから」
そんな言葉に笑ってしまいながら、幸せな気持ちでユリウスの部屋を後にしたのだった。
◇◇◇
なんとかこれで本当に一件落着だと、自室へ戻った私はぼふりとベッドに倒れ込んだ。
馬車の中で眠ったとはいえ、色々な意味で精神もかなり削られたし、もうくたくただった。
「このまま指輪、ちゃんと揃えられるといいな」
赤と青、二つの指輪が嵌められた手を天井に向かって伸ばし、ぼんやりと眺める。
アンナさん情報によると、指輪を手に入れるためのイベントはあと二回で、どちらも三年生になってからだという。それまでに攻略情報をまとめて送ってくれるそうで、本当にありがたい。
お礼はアーノルドさんのサインがいいらしく、全力でもらってこようと思う。
「ふわあ……」
ひとまずこのまま眠ろうとしていたところ、メイドのローザが部屋の中へやってきた。
「お嬢様、先ほど着ていらっしゃった体操着に付いていたこちらはどうされますか?」
「はっ」
差し出された手のひらの上には、見覚えのある肉球の形をしたふたつのブローチ──犬の言葉を人の言葉に変換する魔道具がある。
湖の底にそっと捨ててくる予定だったのに、いきなり地上へ転移したせいですっかりタイミングを逃してしまい、忘れたままだった。
こうして持ち帰ってきてしまった以上、捨てるのはもったいない気がしてくる。
犬を飼っているユッテちゃんやアーノルドさんにプレゼントするのもいいかもしれないと、ひとまず部屋の棚に置いておくことにした。
──そして後日、我が家に友人達を招待した際に発見され、ふざけて使ってみたヴィリーのせいで全てがバレてしまい、吉田にお叱りを受けるのはまた別の話。




