正しい結末 3
絶対に断られると思ってのダメ元だったため、かなり驚いてしまった。
『……お前には悪いことをしたって思ってるからな』
どうやら過去、レーネのことが好きなのに素直になれず、乱暴な態度を取ったり暴言を吐いたりして傷付けてしまったことを後悔しているようだった。
いつの間にか成長して……と感動しつつ、元のレーネにもこの姿を見せてあげたい。
「まあレーネはバカだけど、意味もなくこんな頼みはしないだろうし、事情があるんだろ」
「そうなの! どうしてかは言えないんだけど、レーネちゃんが殺されないためにもお願い!」
セシルに続きアンナさんが援護射撃をしてくれたものの、うっかり余計な情報まで伝えてくれたことで、吉田とセシルの「は?」という声が綺麗に重なった。
「殺されるというのは何なんだ」
「俺もそれは初耳なんだけど」
「あっ! ごめんね、レーネちゃん!」
アンナさんはコツンと頭に手をあて、軽く舌を出している。その姿はとても可愛いけれど、どうこの場を切り抜けようかと悩んでいると、吉田は再び溜め息を吐いた。
「分かった、俺も行ってやる」
「よ、吉田様……! 本当にありがとう!」
「何かあれば言えとは言ったが、早速すぎるだろう。バカめ」
そう言いつつも引き受けてくれて、こちらが事情を話せないことも察し、これ以上は何も聞かずにいてくれる吉田の優しさに涙が出そうになる。
「とはいえ、俺もお前に助けられている部分はあるし、お互い様だ」
「私は吉田のためなら命を賭けられるから、何かあればいつでも気軽に言ってね!」
「気が重いわ」
優しい友人たちのお蔭により、学園の垣根を越えた即席のボス水竜討伐チームが結成された。
あとは無事に倒して指輪をゲットするだけだと、気合を入れた──けれど。
「レーネお前、本当にやる気あんのか?」
「本当にすみません、やる気は心からあります。ただ心と身体が一致してくれず……」
それから三十分後、学園から少し離れた場所にあるコーバス湖へとやってきた私は、巨大な湖を前に全力で尻込みしていた。
幼少期ぶりに湖と対峙したものの、とんでもなく怖い。それでも私の事情にみんなを巻き込むのだから、しっかりしなければ。
ちなみに各学園の体育着は水陸両用らしく、なんて便利なんだと感動してしまった。
「ハア……ハア……」
まずは慣れようと、パシャ……パシャ……と水を手で掬い、腕や足にかけてみる。
「老人の入浴前じゃねえんだぞ」
すると後ろから、セシルにべしっと思いきり頭を叩かれた。血圧を気にして心臓から遠い手足からお湯をかけているわけではないので、許してほしい。
「バイト先のスイミングスクールの二歳児クラスでも、もう少し頑張ってたよ! ファイト!」
「ハイ……」
今の私は二歳児以下だと反省しながら、まずは湖と友達になろうと頑張ってみる。
けれど結局、痺れを切らしたセシルに無理やり湖に放り込まれ、スパルタ特訓が始まった。
「トラウマで湖が怖いってだけで、他の場所では泳げるんだよな? それなら当時よりも強い恐怖で上書きでもすれば、何とかなるって」
「ごぼごぼ、ごぼごぼごぼ! げぼ、げほっ!」
頭を鷲掴みにされて水中に無理やり沈められるというあまりに厳しい指導に、とてもヒロインとは思えない汚い声が出てしまう。
流石の吉田も「おい、死ぬんじゃないか」と止めてくれている。
「甘やかすなって。明日の本番まで時間がないんだろ? 俺も参加するからには絶対にやり切るからな」
「セシルって完璧主義だもんね。頑張って!」
「おぼろろろ、おええっ」
その後も全く手を緩めることのないセシルのスパルタ訓練は続き、日が暮れる頃にはすんなり湖に潜れるようになっていた。
今や「普通に潜るくらい、死の限界まで沈められるよりはずっとマシ」と思えるからすごい。
「とにかくレーネちゃんはその場にいればなんとかなるし、あとは私達に任せて!」
「みんな、本当にありがとう! 明後日もよろしくお願いします」
私が全く役に立たずとも、ボス水竜が倒れる瞬間、その場にいれば指輪は自然とヒロインの私の指に嵌められるシステムらしい。
心強い仲間達のお蔭で、あんなに恐ろしかった湖での討伐も何とかなる気がしてくる。
──けれど当日、とんでもなくカオスな事態になることを、この時の私は知る由もなかった。




