知らない過去 3
あっという間に放課後になり、私は鞄に荷物を詰め込むと、まっすぐに保健室へ向かった。
今日は私の命がかかった重要任務である、メレディスの呪いを解くための活動をするつもりでいる。
「失礼します。ベルマン先生いらっしゃいますか?」
我がハートフル学園には若き天才が集うと言われており、もちろん教師陣も魔法界隈では有名な人々が揃っているんだとか。
そして保健医のベルマン先生は国有数の腕の良い治癒魔法使いであり、呪いの有識者でもあるという。私も学祭期間中に吹っ飛んできたドアで大怪我をした際など、何度かお世話になっていた。
「おや、ウェインライトさん。どうかされましたか?」
にこやかに迎えてくれた先生は癖のある黒髪と黒縁メガネがよく似合う三十代の男性で、女子生徒からかなりの人気がある。
「あの、実は呪いについて知りたくて……」
「──なんですって?」
早速本題を切り出したところ、先生のメガネの奥の両目が大きく見開かれる。
声のトーンも下がり、何かまずいことを言ってしまったのだろうかと不安に思ったのも束の間、勢いよく右手を両手でがっしりと握りしめられた。
「ああ、なんということでしょう! まだこのハートフル学園にも、呪いの素晴らしさについて気付ける生徒がいるなんて……!」
「あ、あの……?」
キラキラと瞳を輝かせたベルマン先生は、私の手を包む両手にさらに力を込める。
「気持ちはよく分かります。呪いに関しては否定的な人間が多いですし、分かち合える人間が少ない寂しさを感じている頃ではないですか? 大丈夫、これからは先生がウェインライトさんの想いも疑問も全て受け止めますから。頼りないかもしれませんが、こう見えて人知れず二十年以上、呪いについて研究を続けているんです。安心してください」
「あっ、どうも……」
少々様子はおかしいけれど、とにかく先生が呪い大好き人間なのは伝わってくる。
呪い大好き人間という字面も結構危ないものの、ここまでの愛情を抱えているのなら、かなり詳しいに違いない。どんなことにおいても「好き」のパワーというのは、何よりも強いからだ。
「ああ、取り乱してしまってすみません。まずはお茶を淹れますね」
先生は軽く咳払いをすると、私に丸いすを勧めてくれ、温かいお茶を淹れてくれる。
薬草から作った身体に良いというお茶をいただきながら、改めて向かい合った。
「先生はどうして呪いに興味を持ったんですか?」
「そもそも、治癒魔法と呪いはよく似ているんです。僕はそこから興味を持ちました」
「そうなんですか?」
「はい。魔力で人間の身体を変化させるという面において、ですが」
それからは先生は治癒魔法と呪いの成り立ちや種類など、基礎から丁寧に教えてくれた。
本を読むよりもずっと分かりやすく、純粋に興味深いと思ってしまったくらい奥深い。
「呪いって、どんなものにも必ず解く方法があるんですか?」
「全てが証明されているわけではありませんが、そう言われています。とはいえ、呪いを完全に解いたとしても、必ずしも全てが元通りになるとは限りません」
「えっ、そうなんですか?」
「はい。たとえば呪いを受けて身体が腐りかけていたとして、解呪をすれば進行は止まりますが、身体が元に戻るわけではないので」
なるほど分かりやすいと頷く私に、ベルマン先生は「ちなみに」と人差し指を立てた。
「治癒魔法で治療した部分も細胞レベルですが、元の身体と少し変わっているんです。特に欠損して再生した部分なんかは、魔法効果を受けやすかったりします」
「人間の身体と魔法の関係って、なんだかすごいですね」
「他人事のように話されていますが、ウェインライトさんの右手もそうですよ」
「私の右手……?」
どういう意味だろうと首を傾げる私に対し、先生も不思議そうな顔をする。
「昨年、ウェインライトさんが大怪我をして運ばれてきて治療を終えた際、問題がないか全身のチェックをさせていただんです。その時に気付きました」
「…………?」
困惑を隠せずにいる私に、先生は続けた。
「一度、右肘から先を丸ごと失ったようですね。相当大きな事故だったでしょう?」




