知らない過去 1
伯爵邸への帰り道、馬車に揺られながら、私の隣に座るユリウスはお腹を抱えて笑っていた。
「やっぱりレーネって持ってるよね。あそこで選ばれるのは流石すぎる」
「私も自分が怖くなってきたところだよ」
「俺が代わりに出てあげたかったけど、もう駄目だって言われちゃったしね」
私には対人戦闘の経験はないし、攻撃魔法もほとんど使ったことがない。武器の使用は許可されているらしく、ひとまずTKGに頼ろうと思う。
トーナメント方式だそうで、五回勝ち続ければ優勝なんだとか。
「特殊なステージの上で行われるから、思いきり魔法を使っても実際に怪我をすることはないから大丈夫だよ。ただ痛みはそのまま感じるけど」
「…………」
体育祭での剣術の比ではなく、ただ大勢の前でボコボコにされて晒し者にされるという最悪のイベントになりそうだ。
どうか苦しまないよう、一息で倒してくれることを祈るしかない。
「試合中は流石に手を出せないけど、レーネを痛めつけた奴は試合後に俺がやり返しておくから」
「何を言ってるんですか?」
ユリウスが暴挙に出ないようにするためにも、一方的にやられることだけは避けたい。
それに個人戦では一勝するごとにランク試験の加点があるそうで、間違って一戦でも勝てたら泣いて喜ぶレベルだ。一回戦なら相手もランダム枠の生徒という、ラッキーもあるかもしれない。
当日まではできる限りの練習と、いつかのユッテちゃんのように御百度参りをしようと思う。
そして翌日からは、授業時間を使った交流会の練習が始まった。
学年問わずグループや個人競技どちらでも自由に練習をしていいそうで、ひとまずいつもの仲良しメンバーで集合してみている。
ただテレーゼと吉田は別の場所でドラゴンに乗る練習をしに行っており、二人だけは不在だ。
「ルカーシュくん、おやつ食べる? たくさん持ってきたよ」
「いらん! 離せバカ! クソ、なんでこんなに力が強いんだよ! つーか何しに来てんだ!」
グラウンドの端にあるベンチに座るアーノルドさんはたくさんのお菓子を広げており、逃げようとするルカをがっしりと捕まえている。
その隣に座るミレーヌ様は、どこからか現れたメイド達が用意したお茶を豪華なティーカップで飲みながら、アーノルドさんの用意したお菓子を食べていた。
「毎年、この時間は暇なのよね。別に練習なんて必要ないもの」
「そうそう。勝ちさえすれば文句は言われないし」
二人には水竜を倒すための練習など必要ないだろうし、時間を持て余してしまうのも納得だ。
しかも先生方もくつろぐ二人には何も言わず、見て見ぬふりをしているようだった。
「レーネは何がしたい? 一緒に練習しよう」
そんな中、ユリウスはつん、と私の頬をつつきながら声をかけてくれる。ユリウスこそ練習なんて必要ないのに、私のために言ってくれている優しさに好きが溢れて止まらなくなった。
「ありがとう! じゃあ、魔蝶を捕まえる方法を教えてほしいな」
「もちろん。魔道具を借りてくるから、ヴィリーくんとセオドア様と四人でやろう」
ユリウスはそう言うと、先生方がいる方へと向かっていく。
その背中を見守っていると、ぐったりしたルカの隣に座るアーノルドさんも、じっとユリウスの後ろ姿を見つめていることに気が付いた。
「ユリウス、本当に変わったよね」
「確かにそうね。昔は自分から他者と関わろうなんてこと、ほとんどしなかったし」
アーノルドさんの言葉に対し、ミレーヌ様も同意している。
以前はどんな感じだったんだろうと思っていると、ミレーヌ様は柔らかく微笑んだ。
「昔のユリウスはモテすぎて、死人が出そうな勢いだったのよ」
「モテすぎて死人」
「ええ、その辺の幽霊が出てくる話よりもよほど怖かったわ」
モテすぎて死人が出るなんて、とんでもないパワーワードすぎる。けれどあのユリウスならあり得そうだと、納得もできてしまう。
「揉め事なんて日常茶飯事だったし、刃物を持ち出す女子生徒までいたわよね」
「いたいた、しかも何故か刺されかけたのは俺だったから参ったよ」
アーノルドさんは楽しそうに笑っているけれど、全く笑うポイントが見つからない。
「な、何がどうしてそんなことに……?」
「ユリウスが自分や女性に興味を示さないのはお前のせいだ、って言われたんだ。すごいよね」
「ええ……」
確かに以前、ユリウスがどんな美女にも興味がないせいで、アーノルドさんと妙な噂を立てられたという話を聞いた記憶がある。
あまりにも理不尽な事件に、心の底から同情した。
「姉さん、あんな厄介男はやめた方がいいよ。大事な姉さんが刺されたら困るし」
「誰が厄介男だって?」
「いってえ、マジでやめろ! くそ!」
ユリウスはルカの頭をぐりぐりと拳で攻撃していて、二人はよくこうして喧嘩や口論をしている。
けれど、本気ではないことも分かっているし、そんな姿を見るのが好きだったりする。
今日のところはユリウスが勝ったらしく、満足した様子でルカから手を離した。そんなユリウスの手には、銀色のブレスレットがある。
「二つしか借りられなかったから、ヴィリーくん達に先に教えてくるよ。少しだけ待ってて」
この銀色のブレスレットで魔蝶を捕まえるそうで、少しコツがいるらしい。ユリウスは銀色のブレスレットを手に、王子とヴィリーのもとへ向かっていく。
すると同時にミレーヌ様に、近くに寄るようにと手招きをされた。
「どうかしました?」
「今は随分落ち着いたけれど、ユリウスのことをレーネも多少は知っておいた方がいいと思って」
ユリウスのことは何でも知りたいし、話を聞けるなら嬉しい。
ぜひとお願いすると、ミレーヌ様は少し離れた場所にいるユリウスへ目を向けた。




