絶対に負けられない戦い 4
音がした講堂の入り口には、黒いローブに身を包んだ年配の男性の姿がある。
「もしかして、あの先生が交流会の担当なの?」
「そ」
全校集会などで何度か見かけたことはあるものの、授業を受けたことはない。
真っ白な長い髭とうずまき型の大きな木の杖が印象的で、まさに「魔法使いの老人」のイメージそのものの容姿をしている。
この場にいる全員が注目する中、先生はもう一度杖を思いきり地面に叩きつけた。
「今回の交流会もわしが指揮を執ることとなった。良いか、此度も絶対にパーフェクト学園なんぞに負けてはならぬぞ! 一試合足りとも敗北は許さんからな!」
「え、えええ……!?」
私だけでなく一・二年生はみんなその気迫に圧倒され、固まっている。
三年生だけはやれやれという顔をしていて、先ほどのユリウスの反応にも納得がいった。
「こんなの、絶対に負けられない戦いでは……?」
きっとこれはあれだろう。パーフェクト学園側の先生と、スポーツ少年漫画でよくある『現役時代から続く名門校監督同士の因縁』的なものがあるに違いない。
鬼気迫るその様子に、冷や汗が止まらなくなる。友人達やユリウス達は平然としていたけれど、ランダム枠で選ばれたらしい人達はみんな、私と同じ反応をしていた。
「今回の種目は大きく分けて四つじゃ。魔の森での魔蝶の捕獲、コーバス湖での水竜討伐、ドラゴンでの競争、そして魔法で戦う個人戦。複数競技への参加も可能である」
最後の個人戦以外、初めて聞く競技で全く想像がつかないものの、かなり難易度が高いことだけは分かった。魔の森だとかドラゴンだとか、既に物騒すぎる。
ちなみに私は前世、子どもの頃に湖で溺れたトラウマがあるため、湖だけは絶対に避けたい。
海やプールはすごく好きだし泳ぎも得意なくらいだけれど、湖だけはどうしても無理だった。
「今から三十分の間に各々出場競技を決め、グループを組むように。魔の森は四人一組、湖は六人一組、ドラゴンは個人種目だ。学年や性別は問わん。始め!」
講堂内は騒がしくなり、みんな取り残されないよう急ぎグループを組んでいるようだった。
私はどうしようかと悩んでいると、視界に鮮やかな桜色が飛び込んでくる。
「姉さん、会いたかった! もう何にするか決めた?」
「ルカ! 私は正直よく分からなくて、まだ決まってないんだ」
昼休みぶりだというのに、愛らしい笑みを浮かべたルカは嬉しそうに抱きついてきて、先ほど見た姿は幻覚だったのかと思えてくる。
けれど近くにいた吉田が再びルカの二面性にドン引きした顔をしていて、現実だと悟った。
「俺と魔の森での競技に参加しようよ。魔蝶っていう蝶を捕まえるだけだからさ」
そんな中、ルカと私を引き離すようにユリウスが間に入ってくる。
「そうなんだ。ユリウスと一緒が良いし、そうしようかな」
青白く光るとても綺麗な蝶で、その鱗粉からは特殊な魔法薬が作れるそうだ。
詳しく話を聞いたところ、各学校四人ずつのグループを複数作って魔の森に入り、森の中にいる魔蝶をより多く捕まえたグループが勝ち、という種目らしい。
魔の森は樹海のような広い森でとにかく迷ってしまうそうで、魔物も結構いるんだとか。
「魔物だって雑魚ばかりだから問題ないよ。教師が巡回してるし、結界も張られてるしね」
「なるほど、良い実践練習になるかも……」
三年の卒業試験に向けて、魔物との実践経験は積んでおきたい。
ちなみに大体の人は最初の三競技のどれかに出て、個人戦は掛け持ちをするという。きっとユリウスや王子のような、Sランクの中でもトップクラスの人が出場するのだろう。
「みんなはどうするの?」
「虫が出る森は嫌だし、湖に潜るのも嫌だから、ドラゴンにしようかしら」
テレーゼは美しい銀色の髪を無造作にかき上げながら、さらっと言ってのける。
消去法でドラゴンが残るあたり、やはり流石だと思いつつ、テレーゼがドラゴンに乗って空を飛ぶ姿はさぞ美しいだろうと思った。冒険ファンタジー小説の表紙を飾れるに違いない。
「俺もドラゴンにするつもりだ」
「吉田少年は絶対にそうすると思ったよ」
「誰が吉田少年だ」
誰よりも少年の心を持つ吉田も、ドラゴンで王都の上空を一周するという話を聞くだけで寿命が縮まる競技に出場するつもりらしく、絶対に応援に行くことを誓った。
「僕は水魔法が得意だから、湖にしようかな」
「…………」
「私も前回と同じく湖にするわ。アーノルドもでしょう?」
「そうだね。森を一日中歩き回るのは嫌だからなあ」
ラインハルトと王子、ミレーヌ様とアーノルドさんは湖を選択するらしい。
夏休みが終わったとはいえ、まだしばらく気温は高いため、湖での競技は快適なんだとか。
「ユリウスも掛け持ちして一緒に出ようよ。思い出作りでさ」
「……別にいいけど」
面倒くさそうな顔をしつつアーノルドさんの誘いを了承したユリウスは、なんだかんだ二人のことが好きなツンデレだと思う。三年生組の友情、出会いから今までをぜひ映画化してほしい。
そんな中、ルカがむすっとした顔をしていることに気が付いた。
「ルカ、どうかした?」
「……姉さんと一緒がいいのに、森だけは絶対に嫌だ。金を積まれても無理」
どうやらルカは虫や蛇などが出る上に、土や草で汚れてしまう森が心底嫌らしい。
「ごめんね。私、どうしても湖だけはダメで……」
「それなら、僕達と一緒に湖にしよう?」
「……そうします」
しょんぼりしていたルカはラインハルトのお誘いに頷き、チーム湖の輪に入っていく。
すると眩しい笑顔のアーノルドさんは、嬉しそうにルカに向かって両手を広げた。
「おいでルカーシュくん、抱っこしてあげる。おやつもたくさん用意しておくからね」
「こわ……」
やはりルカはアーノルドさんが苦手らしく、ラインハルトの背中に隠れている。一方のアーノルドさんはルカが可愛くて仕方ないようだった。
今やルカも大好きな友人や先輩達に馴染んでいて、口元が緩んでしまうのを感じた。
けれど笑顔でその様子を見ていた私はふと、とんでもない事実に気付いてしまう。
「えっ……ちょっと待って、このメンバーが水浴びをする姿を無料で見れるの……?」
この美形六人の水が滴る姿なんて間違いなく眼福で、その様子を見た他生徒は無事でいられるのだろうかと心から心配になった。
「水魔法は苦手だし、俺も魔の森にすっかな。セオドアも掛け持ちできるなら一緒にやろうぜ!」
「…………」
ヴィリーの誘いを受け、王子も魔の森での競技に参加することを決めたようだった。ユリウスと二人が一緒ならとても心強いし、一気に楽しみになってくる。
そうして無事にグループ分けは終わった──けれど。
「個人競技の出場者の人数が足りんな。……全く、パーフェクト学園の奴らをぶっ潰すという気概がある者はおらんのか!」
もはやパーフェクト学園に私怨がありそうな先生に対し、講堂内は静寂に包まれたまま。
そもそもここに呼ばれている生徒は基本、成績優秀者のため、必死に交流会で良い成績を残してランク試験の加点を得たいという人は少ないのかもしれない。
そして大変残念なことに、心から加点が欲しい我々ランダム抽選による参加の生徒達では、パーフェクト学園から参加するであろう精鋭達に歯が立たないのは明らかだった。
「この腑抜けどもめ! 仕方ない、お前らの中からくじ引きで残りの三人を決めることとする」
「えっ…………」
その辺にあったプリントをチョキチョキ切ってくじを作成し始めた先生、本当に待ってほしい。
選手の選び方も抽選方法も他にやりようがあるはず。特に選び方については、一石を投じたい。
「ここには六十人の生徒がいて、そのうちの三人に選ばれる確率なんて五パーセントだから。そんなに怯えなくても大丈夫だよ」
「レーネお前、ビビりすぎだろ。よっぽど運が悪くなきゃ平気だって」
ラインハルトとヴィリーは冷や汗が止まらない私を励ましてくれているけれど、どちらの言葉もフラグにしか聞こえなくなってくる。
「まずは一人目、ローマス・アドラン。……二人目、アメリア・ゴーブス──……」
とはいえ、選ばれたのはどちらもSランクの生徒だった。
世の中には「適材適所」という言葉があり、なんだかんだ上手く収まるものなのかもしれない。
先生もあれほど勝ちにこだわっていたし、もしかすると抽選は上位ランクの生徒だけで行──
「そして最後の一人は──レーネ・ウェインライト。以上だ」
その瞬間、淡い期待を打ち砕かれた私は頭を抱え、膝から崩れ落ちた。




