絶対に負けられない戦い 3
放課後、みんなで指定された講堂に向かうと、一年生から三年生まで大勢の生徒で溢れていた。
ここにいる全員が学年や性別を超えて協力する味方だと思うと、ワクワクしてくる。
「なんか俺ら、すげー見られてねえ?」
「確かに視線を感じるね」
講堂に足を踏み入れた途端、辺りにいた生徒達が一気にこちらを向いたのが分かった。ヴィリーやラインハルトもそれに気付いたようで、不思議そうな顔をしている。
特に一年生らしき女子生徒からの視線が熱く、その頬はほんのりと赤く染まっていた。
「あなた達、下級生に人気みたいよ。特に吉田」
「えっ」
テレーゼいわく体育祭で活躍していた姿を見た一年女子から、みんなは大人気らしい。確かにこれほどの美形集団なのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。
その中でも、一年生のサポート役を担当していた吉田の株が上がりっぱなしなんだとか。優しくて分かりやすくて頼りになると評判らしく、全く関係のない私まで鼻が高い。
「でもどうしよう、吉田が下級生の女の子と甘酸っぱい青春を始めちゃったら……下級生の男の子に嫉妬して『大人気ない俺は嫌いか?』とか照れがちに言うのかな……」
「誰が言うか」
確かに吉田には開業から数百年経つ老舗旅館くらいの安心感があるし、色々と不安であろう一年生から慕われるのも納得だった。
そんな中、今朝ぶりであるAランクのジェニーの姿もあって、目が合った瞬間、忌々しいと言わんばかりの顔をされた。あの辺りとは、全くもって協力できる気がしない。
「なんでEランクの俺がこんな……最悪すぎだろ」
ランダム枠によって選ばれたらしい低ランクの生徒達はみんな、絶望しきった顔をしていた。
参加選手は各学年、二十人ほどが選ばれているという。やはり大半が金や銀色のブローチが眩しいSやAといった上位ランクの生徒で、一年生といえども強者のオーラを纏っている。
「レーネちゃん、あそこにルカーシュくんがいるよ」
「本当だ! ちょっと話しかけてこようかな」
ラインハルトが少し離れた場所にいるルカに気付き、教えてくれた。
『どうしよう、選手に選ばれたなんて緊張する……姉さん、ずっと一緒にいてね』
『お姉ちゃんがいるから大丈夫だよ! 任せて!』
昼休み、不安げな顔をして大きな目をうるうるさせたルカとそんなやりとりをしたため、少しでもリラックスしてほしいと声をかけようとした──けれど。
壁際に置かれた椅子に背を預け、足を組んだルカの前には同じ一年生がずらりと並んでいた。
どう見ても仲の良い友人同士という雰囲気ではなく、伸ばしかけた手を引っ込める。
「ルカーシュ様、交流会でご一緒できること、大変嬉しく思います」
「ご指導よろしくお願いします」
みんな揃ってルカに頭を下げており、まるで上司と部下、師匠と弟子のように見える。
「…………?」
呆然としながらその様子を見守っていると、やがてルカは身体を起こし、頬杖をついた。
「お前らごときが足を引っ張るなよ。俺はレーネ先輩に良いところを見せたいんだからさ」
「はい!!!!!」
全員が綺麗に重なる返事をし、ルカは「はあ」と溜め息を吐く。数時間前の震えた子猫のような姿はどこへやら、裏社会のボスのような圧と貫禄がある。
「あ、あれれ……?」
「お前の弟は一体何なんだ」
その様子を見ていたらしい吉田は、呆れた様子で溜め息を吐いた。
以前のルカは同級生に対し、ニコニコと王子様のような対応をしていた記憶がある。何かこう、心境の変化があったのかもしれない。
ひとまずルカにはまた後で声を掛けることにして、再び辺りを見回す。
すると大勢の生徒がいる中、周りから注目され、一際目立つ集団がいることに気が付いた。
「きゃあ、見て! 三年のウェインライト先輩よ! 今日も素敵ね」
「前回は一年生ながら、個人戦で優勝したらしいわ」
「その時でしょう? 王国騎士団長から直々にスカウトされたのって」
「雲の上の存在すぎて、遠くから眺められるだけでありがたいわ……」
はしゃぐ女子生徒達の口からはとんでもない情報が聞こえてきて、やはりユリウスはどこまでもチートな存在だと実感する。
そんな話を聞いてしまったこと、ユリウスが無表情で気だるそうにしていることもあって、なんだか声を掛けにくい。そう思いながら遠目で見つめていると、不意に視線が絡んだ。
「レーネ」
「…………っ」
途端、ユリウスは子どもみたいに破顔して、心臓がどくんと波打つ。
その様子を見ていたらしい周りにいた女子生徒達もまた、息を呑んだのが分かった。
「うっわあ……ユリウス様もあんな顔するんだ」
「昔は冷たい感じだったのにね。あれでシスコンっていうギャップも推せるけど」
周りからはシスコンだと思われているようで、微笑ましいと言わんばかりの空気が漂っている。
「ふふ、あれは反則よね。レーネへの愛情がダダ漏れじゃない」
けれど側にいたテレーゼが苦笑いを浮かべるくらい、今のユリウスはずるかった。彼にとって自分が「特別」なのだと思い知らされ、落ち着かない。
一方、周りなんて一切気にも留めない様子で、ユリウスはまっすぐ私のもとへやってきた。
「あはは、やっぱりレーネも選手に選ばれたんだ。本当に持ってるよね」
「お、お陰様で……足を引っ張らないよう頑張ります」
「大丈夫。レーネがいてくれるだけで俺のやる気が上がるから、ここにいる人間の中で一番勝利に貢献することになるよ」
そしてユリウスは当然のように、そんなことを言ってのける。優しいフォローと自分が負けるはずなどないという強い自信に溢れる様子に、うっかりドキッとしてしまった。
「ユリウス、かっこいいなあ。俺まで惚れちゃいそう」
「うるさい」
「あら、レーネも一緒で嬉しいわ。頑張りましょうね」
アーノルドさんとミレーヌさんもやってきて、さらに周りからの注目度は上がっていく。
もちろん二人も、前回の交流会に選手として出場したそうだ。
「うちのクラスの奴らは応援も頑張るってかなり張り切ってて、すごい盛り上がりだったよ」
「でも、基本はレクリエーションみたいな感じなんだよね?」
もちろん勝ちを狙っていくものの、体育祭のような和気藹々とした楽しい感じを想像していた、のに。
「それはどうかな」
「えっ?」
ユリウスは苦笑いを浮かべ、言葉を濁す。
直後、ドンッという地面を突く鈍い大きな音がして、一瞬で講堂内は静寂に包まれた。




