父と娘 3
予想外の言葉に息を呑み、心臓が早鐘を打っていく。
ルカの手前、話を合わせてくれていたものの、父は私がレーネではないと気付いていたのだ。
そして、今さらになって気付く。父は私に対しては一度も「レーネ」と呼びかけていなかったことに。
「どうして……」
「それくらい分かりますよ、父親ですから。アイヴィーだって絶対に気付きます」
困ったように眉尻を下げて笑う父は、切なげな表情をしていた。
大事な自分の娘の中に他人が入っていると気付きながらも、私を責めたり問い詰めたりせず、まずは話を聞きたいと言ってくれることに胸を打たれた。
「事情があるのでしょうし、あなたがレーネやその周りの人々を大切に想ってくれているのも伝わりますから。ルカがあんなにも懐いているのが何よりの証拠です」
「…………っ」
「それに一番大変な思いをしたのは、きっとあなたでしょう。……娘が置かれていた環境は、良くないものだったはずですから」
離婚後に母が選んだ道で父は無関係とはいえ、レーネが置かれていた環境を想像しながら、何もできずにいたことを悔やんでいたのだろう。
言いたいことも聞きたいこともたくさんあるし、私の意思でレーネと入れ替わったわけではないけれど、罪悪感だってある。
それでも全部ぐっと飲み込んで、笑顔を向けた。
「はい、絶対にまた会いにきます」
「ありがとう。ルカのこと、よろしくお願いしますね」
そう言って微笑んだ父には全てを話してもいい──いや、話すべきなのかもしれない。
けれど一度入れ替わったレーネが「こんなところには居たくない」「私はもう私でいたくない」と話し、別世界の生活を望んでいることを知れば、心を痛めるはず。
しかしながら、これだけは伝えておきたかった。
「レーネは別の場所で幸せに暮らしていると思います」
「……そうですか。それなら良かった」
父は安心したように目を伏せ「ありがとうございます」と呟いた。
そうして話をしているうちにいつの間にか玄関ホールに到着しており、私達の少し先を歩いていたルカが足を止め、振り返る。
「二人して俺に内緒話? むかつくんだけど」
「ふふ、何でもないよ」
拗ねた顔をする愛らしいルカを抱きしめながら、私は色々なものを背負って今ここにいるのだということを、改めて実感していた。
ルカと共に馬車に揺られながら、小さくなっていく男爵邸を窓から眺める。
ぴったりと私の隣に座る優しいルカは「大丈夫だった?」と心配げな視線を私へ向けた。記憶がないまま父と会うことを、心配してくれていたのだろう。
「うん。今日、お父さんに会えて良かった! モイラさんも優しくて素敵な人だったし」
「じゃあ冬休みも一緒に行こうね。俺も顔を出さなきゃいけないんだけど、姉さんと一緒がいい」
「もちろん! みんなが良いならぜひ」
また会いたいというのは、心からの気持ちだった。
『またいつでも遊びに来てね! 次はご馳走を用意しておくから』
『はい、待っていますね』
父とモイラさんは門の外まで見送ってくれて、お土産という名の素敵なプレゼントまでたくさん持たせてくれた。本当に良くしていただき、感謝してもしきれない。
「何かあればいつでも頼ってください」
「ええ、私のこともお母さんでも親戚のおばさんでも、好きなように思ってくれて良いし、困った時は必ず力になるから! 実家だと思ってちょうだい」
「……はい、ありがとうございます」
私は一応中身は大人ではあるものの、この世界ではまだ十六歳になったばかりの子どもだ。だからこそ、頼れる大人がいるというのは心の支えになった。
何よりずっと一人で抱えていた秘密を誰かと共有できたことで、心が軽くなった気がする。
「じゃあ、ここからは二人っきりでいっぱい遊ぼうね」
「うん! そうしよう」
それからはルカとのお泊まり会を満喫し、改めて家族っていいなと思える一日だった。
短いのでもう1話更新してます!




