父と娘 1
──旅行の疲れはまだあったし、楽しかった余韻に浸っていたかったけれど、私にはすべきことが数えきれないほどあるのだ。
メレディスの呪いを解くと約束し、その期間が限られている以上、時間を無駄にはできない。
そのため自称マイラブリンの歩く攻略サイトであるアンナさんへの相談の手紙を書いたり、ローザに頼んで借りてきてもらった呪いに関する本を読んだりしていた。
もちろん本にメレディスの解く方法が載っているなんて思ってはいないけれど、最低限の知識は詰め込んでおく必要があるだろう。
ひとつひとつ、私にできることをしていきたいと思っている。
「とにかくユリウスも無理はしないでね」
「レーネちゃんの夫になるんだから、金と地位くらいはないと」
「そうなの? 私はどっちもなくていいけど」
テーブルの上にあった飴玉を手に取って口に放り込みながら、何気なくそう答える。
よいしょと椅子に座り直したところ、ユリウスがじっとこちらを見ていることに気が付いた。
「どうかした?」
「……本当にレーネは俺に何もなくなっても好きでいてくれる?」
「うん。私だって働くし大丈夫だよ」
前世ではブラックな会社が辛かっただけで、元々働くことが嫌いなわけではない。
私もそれなりに労働経験があるし、今はへっぽこながら魔法も使えるし色々な言葉も分かるし、何かあってもどうにかなる気がしている。
「すごいね、レーネちゃんは」
「えっ? 何が?」
向かいの椅子に座っていたユリウスは私の元へやってきて、後ろから抱きしめられた。甘えるみたいに頬と頬を合わせ、甘い香りが鼻をくすぐる。
「なんでもないよ。もっと頑張ろうと思っただけ」
「私の話、聞いてた?」
「絶対に幸せにするからね」
「あ、ありがとう……?」
理由はよく分からないけれど、やけにユリウスは上機嫌だった。そのまま頬に柔らかな唇が押し当てられ、小さく悲鳴が漏れる。
この感触から先日のキスを思い出してしまい、ぶわっと照れが込み上げてきた。
「キスしていい?」
「いやいやいや待って、もうほぼしてるしまずここは外だから! タイム、プレイス、オケージョンというものをもっと気にしてください」
「俺は気にしないけどレーネの嫌がることはしたくないし、早く部屋に戻ろうか」
「私、今日はここで野宿することにします」
「あはは、襲ったりはしないから大丈夫だよ」
ドキドキで心臓には悪いものの、ユリウスと過ごす穏やかな日常が幸せだと改めて思った。
◇◇◇
翌朝、早起きをして気合を入れて身支度をした私の元へ、ルカが迎えに来てくれた。やけに豪華な馬車で驚きながら、エスコートをされて乗り込む。
父に会うのは初めてだし、伯爵夫妻はさておき「親」という存在と久しく関わりがないため、内心かなり緊張してしまっている。
「おはよう、姉さん。実は予定が変わっちゃったんだ」
「そうなの? 私はルカに全部合わせるから何でも大丈夫だよ」
そんなルカの服装も、やけにキラッキラしている。高級そうな貴族服にピアスやネックレスの宝石が輝いていて、美しいお顔と相俟ってそれはもう眩しい。
「実は俺が旅行に行ってる間に父さんが再婚しててさ」
「わあ、そうだったんだ! おめで──ええっ」
あまりにもルカがさらっというものだから、うっかり自然に受け入れかけてしまった。
「ど、どういうこと……? 旅行の間に?」
「俺が誘拐されてるって情報が父さんまでいってなかったのもあるんだけど、なんでも相手が父さんを他の女に取られたくないからって焦ったみたいで」
「お父さん、罪な男すぎない?」
「本当にね。俺もそのまま養子にされてたし」
なんというスピード再婚。けれど美少女のレーネとルカの父なわけで、美形DNAなのは間違いないし、恋愛の力というのはすごい。
既に父は再婚相手の屋敷に引っ越し済みらしく、今から行くのもその男爵邸なんだとか。全ての展開が早すぎて驚きが止まらないけれど、ルカは全く気にしていないようだった。
「お父さんだけでなく再婚相手の方にも会うって考えたら、緊張してきちゃった」
「大丈夫だよ、花畑みたいな人だから。それより明日までいっぱい遊ぼうね」
「うん! お泊まり会も楽しみ」
花畑の意味は分からないまま、馬車はやがて男爵邸へと到着した。
お金持ちの未亡人と聞いていたけれど、想像していたよりも豪華なお屋敷に息を呑む。
ウェインライト伯爵邸もかなり豪華ではあるものの、それよりも一回りは大きい気がする。こういうのを逆玉というのだろうか。
「ルカちゃん! 来てくれたのね、嬉しいわ!」
「あ、どうも」
そんな中、玄関から飛び出してきたのは黒髪ストレートがよく似合うかなりの美女だった。
背後にはぶわっと咲き乱れる花々が見えそうなほど、嬉しそうにルカに両手を伸ばしている。
一方、ルカは真顔で平然としていた。
「もう、そんな他人行儀な態度はやめて、お母様って呼んでちょうだい」
「えっ」
てっきり例の妹さんかと思いきや、まさかの再婚相手のお母様らしく驚きを隠せない。
隣にいる私に気付いた美女は、長い睫毛に縁取られた大きな目をさらに見開いた。
「きゃあ、あなたがレーネちゃんね! ルカちゃんに聞いていた通りとってもかわいい!」
私の右手をきゅっと両手で包むと、美女は嬉しそうに微笑む。その様子からは心から歓迎してくれているのが伝わってきて、先程まで感じていた緊張が和らいでいくのが分かった。
「私はモイラよ。レーネちゃんとルカちゃんのお父様と再婚させていただいたの。急で驚かせてしまって本当にごめんなさいね」
本気で私を気遣うモイラさんは想像していたより、明るくてかわいらしい。それでいて少しテンションが高いものの、きちんとした人だという印象を抱く。
それにしてもこれほどのお金持ち美女を射止めた父はどんな人なのだろうと気になっていると、玄関からさらなる美形が現れた。
「モイラ様、待ってください。ああ、久しぶりですね」
「…………?」
「姉さん、あれが俺たちの父さんだよ」
「ええっ」




