命懸けの契約 4
メレディスは何か呪文を呟き、やがて光は収まる。手の甲を見ると銀色に輝く五芒星のようなものが手の甲に浮かんでいて、やがてすうっと消えていった。
「これは……?」
「契約の証だよ。今から五年間のね」
これがある限り、メレディスは私を絶対に殺せないという。つまり五年間の間は、自由と命が保証されたことになる。とりあえずは乗り切ったと、小さく息を吐く。
「それとレーネが本当に困った時は一度だけ、俺が助けてあげるって契約も入れておいたよ」
「……ほ、本当に? なんで?」
「うん。普通はその辺の国がこの先数百年分の約束する代わりに約束してやるものなんだけど……ってなんでそんな怯えてんの」
「世の中にはただより高いものはない、という言葉がありまして……」
あまりにも私に都合の良い契約で、逆に怖い。
本来、強大な力を持つメレディスはこんなまどろっこしいことをしなくても、簡単に私一人なんてどうにかできるのに、そこまでしてくれる理由が分からなかった。
今だって、単なる面白枠として見逃されたに過ぎない。そんな私の気持ちを見透かしたように、メレディスは笑う。
「俺は今、ものすごく気分がいいんだ」
「どうして?」
「多分、レーネが俺の呪いを解いてくれるって言ってくれたのが嬉しかったんだろうな。これまでずっとこの呪いを一人で抱えてきたから」
他人事のように言ったメレディスのことが物凄く恐ろしいことに変わりはないけれど、とても寂しくて悲しい人だと思った。
しょうもないゲームの都合で生み出された設定に苦しめられている彼を、救いたいとも思う。
私は手すりに無造作に置かれていたメレディスの左手を両手で包むと、ぎゅっと握りしめた。
「私、呪いが解けるように頑張るから!」
「……うん、楽しみにしてる」
メレディスは目を細めて笑い、ほんの少しだけ私の手を握り返す。
そして次に瞬きをした時にはもうその姿はなくなっていて、私はルカの眠るベッドの中にいた。
「……ねえさん?」
「あっ、ごめんね。何でもないよ」
突然のことに驚いて私がみじろぎをしたせいで、隣で眠っていたルカが薄目を開ける。
よしよしと撫でるとくっついてきて、また寝息を立て始めたかわいい寝顔を見ていると、今しがたの出来事が全て夢だったのかと思えてくる。
夢だったらいいのにとも思うけれど、これは間違いなく現実だった。
世界一の魔法使いであるメレディスが数百年かけても解けなかった呪いをどう解けばいいのかなんてさっぱり分からないし、今の私はランク試験ですらギリギリで余裕なんてない。
それでも諦めることなんて、できるはずがない。
「……とにかく、頑張らなきゃ」
できる限りのことして精一杯足掻いて、絶対にハッピーエンドを掴んでみせると誓った。
◇◇◇
翌日。ルカとともに仲良く起床した私はみんなで朝食を食べ、十人全員で王都を観光して回った。
メレディスのことなど解決すべきことはあるものの、残りの旅行期間の二日間はひとまず忘れ、全力で楽しもうと思っている。
何でもメリハリは大事だと、私は前世で学んでいた。
「レーネちゃん、この味も美味しいよ。食べてみて」
「ありがとう! ラインハルト」
「おいレーネ、こっちからの方が良く見えるぞ!」
「あ、ありがとう……!」
そして常にみんなが優しくて、涙が出そうだった。
やはり大好きなメンバーに囲まれていると、移動中に景色を見ながら他愛のない話をするだけでも楽しくて、頬が緩みっぱなしになる。
「ど、どうしよう……あまりにも楽しくて私、明日死ぬのかもしれない」
「レーネが楽しそうで俺も嬉しいよ」
ユリウスもずっと笑顔で、余計に嬉しくなった。
──途中、観光をしている私達に気を遣ってくれた騎士団の人が昼食の時間に合わせてくれて、事情聴取の続きを受けた。
犯人たちは終身刑になるそうで、一生外に出られないと聞いて安堵した。
「最近は各地、各国で犯罪組織が活発な動きを見せているので、国に戻られた後もお気をつけください」
メレディス含め、なんて治安の悪い乙女ゲーム世界だと思いながらもお礼を告げる。
それからもみんなで景色の美しい有名な場所を巡ったり物作り体験をしたりと、修学旅行のような観光をして回って、本当に楽しい時間を過ごした。
「この鉱物は偽物じゃないか」
「そうですね。本物はもっと控えめな輝き方をするし」
途中のお土産やさんでは鉱物のアクセサリーを見つけた吉田とルカがそんな会話をしており、地下での経験により、審美眼が養われていて笑ってしまった。
思いきり遊んでホテルに戻った後はなぜか、みんなで怖い話大会をすることになった。言い出したのはアーノルドさんで、こういった話が大好きなんだとか。
「あの私、そういう話は本当に苦手なんですけど……」
「大丈夫だよ、生きている人間の方がよっぽど怖いから。女の子は特に恐ろしいよね」
「…………」
幽霊の出てくる話よりも、アーノルドさんの実体験の方がよほど怖い気がしてならない。
全員で広い部屋に輪になって集まって灯りを消し、俗に言う百物語形式で、一人ずつ知っている怖い話をしていくことになった。




