命懸けの契約 2
やはりメレディスはどこまでも綺麗で幻想的で、特別な存在には変わりないのだと実感する。
「よく気が付いたね。完全に気配を消していたのに」
「なんとなく、ここにいるような気がして」
気付いていたわけでもないのに、なんとなくこうすればメレディスに会える気がしたのだ。
ヒロインと攻略対象というのはどこかで繋がっているのかもしれない、なんて思った。
「こっちおいで」
「わっ」
返事をする前にふわりと身体が浮き、そのままメレディスの隣に座らされる。
その間、私の身体は一切の自由が効かず、私ごときなんていつでも好きにできるのだと実感し、息を呑んだ。
少しでもバランスを崩せば、地上数十メートルから真っ逆さまだ。恐ろしくなって「ひえっ」という可愛いげのない声が漏れてしまい、メレディスは笑った。
「大丈夫、落としたりなんてしないよ。レーネが俺を拒否しない限りは」
「ス、ストレートな脅しですね……」
「あはは、俺は誰かに冗談や軽口を言えるほど、会話に慣れていないからね」
本気なのか冗談なのか皮肉なのか分からず、返事に困ってしまう。
けれど誰にも自分の言葉を理解できないなんて、想像もつかないくらい孤独に違いない。やはり胸が痛んでいると、メレディスは私の髪をするりと一束掬い取った。
「レーネはなんで俺の言葉が分かるの? この数百年、そんな人間なんていなかったのに」
「……頭を打って目が覚めたら、全ての言語が分かるようになってたんだ」
メレディスの漆黒の瞳は全てを見透かしそうで、嘘を吐いてはいけないような気がする。
だからこそ、嘘は言っていない。
私の髪を指先にくるくると巻き付けながら、メレディスは「ふうん」と口角を上げた。
「何それ、意味が分かんないや。やっぱりレーネは面白いな。もっと早く会いにくれば良かった。それに敬語もいらないよ」
「わ、分かった」
「本当はあの後すぐに会いに行こうと思ってたんだ。でも俺、ここ一年くらい眠ってたから」
今しがた数百年と言っていたし、彼ほど長寿だと一年も眠ることだってあるのかもしれない。
気になることはたくさんあるけれど、ひとまずこれだけは聞いておきたい。
「……あの、私のこと、どう思ってる?」
先程のメレディスのことを言えないくらい、我ながらストレートすぎる問いだった。けれど他の尋ね方が分からず、良い言葉も見つからない。
とにかくメレディスが私のことをどう思っていてどうしたいのか、それが何よりも重要だった。
「あはは、レーネだって会話が下手だね。いきなりそれを聞くんだ」
お腹を抱えて楽しげに笑う姿は少年らしさがあって、恐怖なんて一切感じられない。なぜかその様子を見ていると、無性に胸が痛んだ。
メレディスはこんな風に、誰かと当たり前のように笑い合うことだってできないのだから。
「ねえ、レーネ」
不意に名前を呼ばれ、青白い右手が伸びてきた。メレディスは私の耳に触れ、すり、と親指で撫でられる。
まるでペットを愛でるようだと思ってしまいながら、私は指先ひとつ動かせずにいた。
「俺のものにならない? レーネが死ぬまでは一生、かわいがってあげるよ。欲しいものだってなんでも用意してあげる」
「……え」
まだ知り合って間もないというのに「俺のもの」「一生」というワードに、困惑を隠せない。
それでいて、やはり彼からすると私は愛玩動物のような感覚なのかもしれないと思った。
「わ、私が断ったらどうするの……?」
「うーん、無理やり連れて帰ろうかな。未練をなくすために、レーネの周りの人間を全員殺して回るのもいいかもしれない」
メレディスは軽い調子で、そう言ってのける。冗談めいているけれど、彼が本気だと分かってしまった。
この世界にはきっと、彼を裁くことができる人など存在しない。だからメレディスはいつだって自分の欲望に忠実で、何かを我慢する必要なんてないのだろう。
過去に国一つを滅ぼしたって、立場も失わずに自由にしているのが何よりの証拠だった。常識とか普通なんて通じる相手ではないのだと、改めて実感する。
「……ごめんなさい。それでも私は、メレディスのものにはなれない」
それでも、メレディスの言う通りにするわけにはいかなかった。
私の人生は私のものだし、大切な恋人や友人たちとこの先もずっと一緒に生きていきたい。
「ふうん? まあ、まだ会ったばかりだもんな」
納得したような様子のメレディスは、私の耳に触れていた手をそのまま下へ滑らせた。
冷たい手のひらが首を覆い、ぞわりと鳥肌が立つ。
「でも、そんなことは関係ないんだよ。俺は俺のやりたいようにするから」
ぐっと首に回した腕に力を込めながら、メレディスは笑顔でそう言ってのけた。




