望まない邂逅 1
それから二日後、私たちは今度こそトゥーマ王国の王都にて、観光を満喫していた。
自国とは違うデザインのドレスを見たり、この国のお菓子を買い食いしたり、広場の舞台で披露されていた踊りを見たり。
街の人々もみんな気さくで優しい人ばかりで、それはもう楽しんでいる。
「お、おいしい……柔らかい……」
「あはは、ただのパンなのに」
「こんなにも美味しいものを食べられるなんて、地上は最高すぎるよ……」
そして今は昼食をとるために入ったレストランで出てきた、柔らかくてもちもちの美味しいパンに感動し、涙が止まらなくなっていた。
もはや己の涙による少しのしょっぱさですら、良いアクセントに感じられる。王子と吉田も静かに味わうように、ひたすらパンを食べていた。
「姉さん、見てよ! このスープ、噛める大きさの具が入ってるんだけど。すごくない?」
「本当だ! えっ、嘘……お肉まで入ってる……!?」
二週間にも及ぶ地下生活により、私たちはどんなことにも喜び、感動できる身体になってしまった。出てくる食べ物すべてがご馳走で、美味しくて仕方ない。
「なんだか胸が苦しくなってきたわ」
「そうだね、痛ましいよ」
そんな私たちの様子を見て、周りは憐れむような表情を浮かべていた。
ユリウスは涙を流す私の涙をハンカチで拭ったり、料理を取り分けたりと尽くしてくれている。きっと先日のことを気にしているのだろう。
──昨日の昼、ルカが様子を見にきたことで私たちは目を覚ました。
『お前……弱りきった姉さんになんてことを……』
『いやいや待って、本当に誤解だから!』
ルカはベッドで抱きしめ合う薄着の私たちと脱ぎ散らかされた服を見て、かなり派手に誤解をしてしまったらしく、それはもう暴れた。
一方のユリウスはなんと私をベッドで脱がせたあたりの記憶が一切ないようで、腕の中にいる薄着すぎる私の格好を見て、ひどく驚いていた。
『……本当にごめん』
『ううん、いいよ。すごく疲れてたのも分かるし、私もぐっすり眠れたから』
二人して爆睡していただけだし、恥ずかしかったくらいで全く嫌ではない。
それでもユリウスは「ありえない」「最悪だ」としばらく自己嫌悪に陥っていて、昨日は一日ひたすら申し訳なさそうな顔をしていた。
「でも無事に犯人は全員捕まって、被害者もみんな家に帰れたみたいで良かったね」
「うん! しっかり裁かれてほしいな」
とはいえ、DBを始めとするあの施設の人間たちは組織の末端らしく、彼らの上にはさらに大きな組織があるようなんだとか。
これ以上の被害者が出ないよう、しっかり取り締まってもらいたい。
「レーネ、他に行きたい場所や食べたいものはない? 明日の予定も立てておくわ」
「テ、テレーゼ……ありがとう」
「ううん。セオドア様たちの意見も取り入れましょう」
私たち誘拐被害者の四人を尊重してくれていて、優しさにじーんとしてしまう。
ちなみに元々一週間だった滞在は誘拐によりプラスで一週間半ほど延泊中で、ここまで来たらと全員の予定を合わせ、今日を入れてあと三日ほど観光のために延泊することとなった。
今日と明日はみんなで観光し、明後日は再び個人行動の予定だ。そして私は最終日、ユリウスと二人でデートをすることになっている。
「残りの三日は、絶対に絶対に楽しもうね!」
「ああ、そうだな」
「おう! 盛り上がっていこうぜ」
それからもお腹が苦しくなるまで美味しい食事をいただき、デザートのアイスなんて美味しすぎて倒れるかと思ったほどだった。
レストランを出て、みんなでお土産屋さん的なポジションの雑貨屋を回った後、私とユリウス、王子は一度ここで抜けることになった。
「じゃ、俺たちはこれから王城に行ってくるから」
「そうだったね。気を付けて」
みんなに手を振られ、振り返しながらユリウスと王子と共に馬車に乗り込む。
今日はこれからユリウスの手柄に対し、王城にて陛下と面会をすることになっている。
王子は立場上の付き添い、そして私は「絶対に側から離さない」というユリウスの意志により、一緒に行くこととなった。
とはいえ、他国の王城に行って国王陛下にお会いするなんて一生に一度あるかないかの貴重な機会だし、空気になりつつ楽しまなければ損だろう。
思っていたよりも早く王城に到着し、案内されたのは大きくて豪勢な扉だった。この奥に陛下がいる謁見の間があるらしく、こんなガチな感じだとは思わず緊張してきてしまう。
「えっ、これ本当に私も一緒に行って大丈夫?」
「平気だよ。俺が感謝される側なんだし」
「…………」
ユリウスも王子もいつも通りで、ソワソワしているのは私だけらしい。
堂々としている二人を見ていると安心し、やがて二人に続いて扉の向こうに足を踏み入れた。
「やあ、セオドア殿下。久しぶりだね」
「ご無沙汰しております」
「この度は我が国で事件に巻き込んでしまったこと、心から謝罪させてほしい」
私は勝手に五十歳くらいのおじさんを想像していたものの、トゥーマ国王は二十代後半くらいの若くて美形なお兄さん、という感じの方だった。
それからは私とユリウスが陛下に挨拶をし、陛下はとても気さくに話をしてくれた。
「さすが殿下、素晴らしい友人をお持ちだ。僕はまだ即位してから日が浅くてね、犯罪の取り締まりまで完全に手が回っていなかったから助かったよ」
「いえ、もったいないお言葉です」
ユリウスは営業用のスマイルを浮かべており、まさに謙虚な学生という感じだ。
「だが、こんな若く美しい青年があれほどの功績を上げるなんて信じられない。何者なんだ?」
「本当にただの学生ですよ」
ユリウスは余裕のある笑みでそう答えたけれど、やはり陛下も驚きを隠せないらしい。
確かにユリウスのチートっぷりは、ゲームの攻略対象キャラといえども群を抜いている。
とはいえ、王子の本気などもまだ見たことはないし、他のみんなもここから成長していくのかもしれない。
「何か望むものはないか? このまま何の褒賞も与えずに帰しては、僕の顔が立たないんだ」
「そうですね、では──」
ユリウスが口を開くと同時に、後ろからバンと扉が開く大きな音がする。
直後、コツコツという足音が、広い謁見の間に響く。
「おい、この俺が呼んでんだからさっさと来いよな」
そして聞き覚えのある声に、思わず息を呑む。きっと私の勘違いだと思いながらも、答えを知るのが怖くて振り向くことができない。
「レーネ? どうかした?」
私の様子がおかしいことに気づいたのか、隣に立つユリウスが小声で尋ねてくれる。
何も言えずにいる中、やがて足音は私の横を通り過ぎていく。やがて玉座の側で足を止めたその人物の顔が見えた瞬間、二つの黒と視線が絡んだ。
「──レーネ?」
「メレ、ディス……」
ひとつに束ね前に流された深淵のような漆黒の髪に、漆黒の瞳。ぞっとしてしまうくらいの美貌をした彼を、忘れるはずなんてない。




