恋しい温もり 2
「でも、全然平気だったよ! ご飯は美味しくなかったし少なかったけど、鉱物の採掘作業もなんとかなったし、ルカやみんなとずっと一緒だったし」
「レーネはたくましいね。でも頼むからもう、俺の側を離れないで。離す気もないけど」
「はい! 助けにきてくれてありがとう」
「いい返事だね。本当に分かってる?」
眉尻を下げてふっと笑ったユリウスは顔を上げ、私の顔をじっと見つめた。
その顔は最後に見た時よりもずっと青白く、アイスブルーの目の下には濃いクマができていて、かなり疲れていることが窺える。
「ユリウス、すごく疲れた顔してる」
「レーネがいなくなった後、ほとんど寝てないからね。食事も適当だったし」
「えっ?」
「四人も攫われるのは個人の犯行じゃないだろうから、この辺りの犯罪組織を全部潰して回った」
「ええっ」
とんでもないことをユリウスはさらっと言い、私はぱちぱちと目を瞬く。
聞き間違いかと思ったけれど、どうやら事実らしい。
「だ、大丈夫だったの……?」
「ミレーヌとアーノルド、それに知り合いの魔法に秀でた奴らを呼んだしね。トゥーマ王国からは感謝されて後日、国王から表彰されるらしいけど、俺はレーネのためにやったのに面倒すぎる」
「…………」
「まさかトゥーマ王国から連れだされてたとは思わなかったから、遅くなってごめん」
「…………」
話のスケールが大きすぎて、言葉が出てこない。そんなの、学生が成し遂げられる域を超えている。
ユリウスは心配して探してくれていると思っていたけれど、まさか犯罪組織ごと壊滅させて回っているなんて誰が思うだろうか。
相手は素人でもなければ、腕が立つ人間だって多くいるはず。かなりの危険も伴っただろう。
「す、すごすぎない……?」
「まあね。レーネが捕まってるって考えたら、頭が冴えて身体がいくらでも動いた」
他人事のようにそう言ったユリウスは片手で目元を擦ると、突然私を抱き上げ、立ち上がった。
「ひゃっ」
私をお姫様抱っこ状態で抱え、そのままベッドへ向かっていく。
そして私をベッドの端に座らせた後、なぜか私の作業着のボタンに手をかけた。
ユリウスは躊躇いもなくボタンを外していき、中に着ていたキャミソールが見えていく。
「あの、すみません……何を……?」
「脱がそうと思って」
「は、はい!? なんで!?」
「寝るのに邪魔だから。これ、汚れてるし」
慌ててユリウスの手を掴んだけれど、左手で両手を押さえられ器用に右手でボタンを外される。
どんなことでも器用にできてしまうんだなと妙に感心してしまったものの、我に返った。
「いやいやいや、待って! ちゃんとお風呂入って着替えてくるから!」
「無理、今日はレーネがいないと寝れない」
声には抑揚がなく、目付きもぼんやりとしている。
なんというか抜け殻に近い感じで、もしかするともうユリウスはとっくに限界を迎えており、まともに頭が働いていないのかもしれない。
あっという間に作業着を脱がされ、私は薄いキャミソール姿になってしまう。
丈の長いものではあるものの、素足だって思いきり出ていて恥ずかしいどころの騒ぎではない。
「待って待って待って」
「大丈夫だから」
「何が、ってうわあああ!」
恥ずかしさで慌てる私をよそにユリウスは自身の上着を脱ぎ、ネクタイを外した。
その仕草は目を逸らしたくなるほど色気が凄まじくて、顔が熱くなっていく。間違いなくこの光景は、R30くらいあるだろう。私にはまだ早すぎる。
「本当に待って、せめて他の服を──」
「流石に今は何もしないから大丈夫、おやすみ」
ユリウスは問答無用で私を抱きしめると電池が切れたみたいに、ぼふりとベッドに倒れ込んだ。
私は慌てて布団を引っ張り上げ、自らの身体を隠す。
「本当に待って、今はって何?」
「起きてからは分かんない」
「あの? ちょっと」
「……魔力も空っぽだし、ほんと……つかれた……」
目を閉じたユリウスはそれだけ言い、直後、規則正しい寝息が聞こえてきた。
「ね、寝ちゃった……」
一瞬で眠りにつき、よほど疲れていたのだろう。
この一週間ほとんど眠らずに私を探し続け、犯罪組織相手に魔力が空になるまで戦ってくれていたのだから、当然だった。
普段余裕たっぷりなユリウスがこれほど疲れきっている姿を見るのは、初めてな気がする。
いつもより強引に感じられたのも、本当に限界だったからで。私がいない不安を抱えていたからこそ、こうして腕に抱いて眠りたかったのかもしれない。
あどけなさが少し残る綺麗な寝顔を見つめ、柔らかな銀髪をそっと撫でる。
「……いつもありがとう。大好き」
小声で囁き、ユリウスの白い頬に唇を押し当てる。
照れてしまいもぞもぞとユリウスの腕の中にしっかり入って、大きな背中に腕を回す。
──起きたらたくさんお礼を言って、残りの夏休みは一緒に楽しもうと伝えよう。
そして久しぶりの柔らかなベッドを天国のように感じながら、私も夢の中に落ちていった。
それから数時間後、心配して様子を見にきてくれたルカが、薄着で一緒に眠っている私たちを見てとんでもない勘違いをし、大暴れするのはまた別の話。




