脱出への道 5
「お前、かわいいじゃないか」
「……どーも」
なんとDBは美少女ルカのかわいさに目をつけたらしく、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。
これまで私とはいくら顔を合わせても、そんなことなど一言も言わなかった。ほぼ同じ見た目だというのに、キラキラオーラの違いだとでもいうのだろうか。
全くもって羨ましくはないけれど、なんだか解せない気持ちになる。
「今夜、わしのところに来てもいいんだぞ? ん?」
「…………」
するりと太くて短い指が五本ついた手でルカの背中を撫で、俯いたルカが小さく震えた。
DBは初心な美少女が震えていると思ったのか「かわいいじゃないか」と満足げだけれど、これは間違いなく殺意を必死に押さえつけていることによる震えだ。
本当に申し訳ないものの、ここはどうか耐えてほしいとルカの手を握る。なんとか耐えてくれて目の前を通りすぎることができ、心底安堵した。
「あいつだけは絶対に殺す。俺の手でぶっ殺してやる」
「ルカ、えらいよ。本当にえらい。ここを出たらお姉ちゃん、なんでもするから!」
耐えてくれたことに涙がこぼれそうになる。あとはもう前に進むだけだと、希望を抱いた時だった。
「ん?」
再びDBは疑問を含んだ声を上げ、心臓が跳ねる。
恐る恐る様子を窺うと、その視線は吉田へ向けられていた。死ぬほどまずい。
一応、トレードマークの眼鏡を外している吉田は人相を変えようとしているらしく、必死に目を細めている。吉田の健気な頑張りに、涙が出そうだった。
DBもそんな吉田をじっと見つめていて、一秒が永遠にも感じられる。
「こんなゴツいブスがいたか? しっかり働けよ!」
やがて口を開いたDBはそれだけ言い、苛立った様子でその場を離れていく。
「…………」
「…………」
最大の危険ポイントを通過し、本来ならみんなで喜び合う場面だというのに、私たちの間にはなんとも言えない沈黙が流れる。
まさかの男だと疑われるのではなくシンプルに悪口を言われただけという、手放しでは喜べない状況になってしまった。吉田にかける言葉が見つからない。
「……っ……く……ふふ」
笑ってはいけない、そう思っているのにお腹の辺りがひくひくして死にそうになる。
ルカなんてもう完全に笑っていて、王子も俯いて小さく震えていた。
「ヨシーヌ……ごめん、元気出して」
「誰がヨシーヌだ」
「と、とにかく! これでもう後は地上に出るだけだから! 本当に後少しだよ!」
「こんな辱めを受けるくらいなら、ここで一生を過ごした方がマシだと思った」
「ごめんて」
ヨシーヌを励ましながら四人で地上へ続く道を進んでいき、やがて眩しい日の光が見えた瞬間、私以外の三人の表情が感動に満ちたものになる。
偵察のために地上での仕事をした私とは違い、三人が太陽の光を浴びるのは数週間ぶりなのだ。
そう思うと私まで感極まってしまい、涙腺が潤んだ。
「や、やっとここまで来たね……」
「本当に上手くいくとは思わなかったなあ」
「…………」
「本気で泣きそうだ」
やがて完全に地下を脱出し、地上に出た私たちはこれ以上ない達成感に包まれていた。
人生において、ただ地面の上に立つだけで泣きそうになることがあるだろうか。
「まだ油断するには早いな、急ぎ小屋へ移動するぞ」
「はっ、そうだね! 急ごう」
適当な仕事をしている見張りの目を掻い潜り、目星をつけておいた物置小屋へと移動する。
やがて誰もいない小屋の中に入るなり、吉田は布と髪の毛を思い切り脱ぎ捨てた。
いつの間に用意していたのか、ポケットから出した濡れタオルで顔も拭き、いつもの吉田へ戻っている。
「本当にこれ以上ないほど最悪の経験だった」
「俺、さっき腹が千切れるかと思いましたよ。ゴツいブスって、あはははは!」
「おい」
お怒りの吉田と思い出し笑いをするルカをよそに、そっと布と髪をとった王子は取り出したお手製インクを指につけ、小屋の床に魔法陣を描いていく。
魔法陣というのは使う魔法によって全く違い、その種類は数百通りと言われている。そのため、普通は本や資料を見ながら描く。
けれど王子は何も見ず、迷うことなく正確に描いている。その姿は流石としか言えず、私ももっと勉強をしようとやる気が込み上げてくるほどだった。
「──姉さん、二人分の足音が近づいてきてる」
「えっ?」
そんな中、ルカがはっと顔を上げ、ドアへと視線を向ける。全く足音や人の気配なんて感じられないものの、緊張感のあるルカの表情から事実だと悟った。
「俺、こういう気配察知は得意なんだ」
「すごいね、ルカ」
「へへ」
「呑気な会話をしている場合じゃないだろう。とにかくセオドア様が魔法陣を発動するまで、この場所を守りきらなければ」
私とルカは吉田の言葉に頷き、なるべく音を立てないようにしてドアを押さえる。
吉田もドアの上部分を両手でしっかり押さえるのと同時に、外から話し声が聞こえてきた。
「ったく、なんで俺らがわざわざ物置きに取りに行かなきゃならねえんだよ」
「まあまあ、普段仕事っていう仕事なんてしてないじゃないっすか俺ら」
先程、地上への移動時に誘導していた見張りの声で、どんどんこちらへと近づいてきている。
三人で目配せをしつつ、冷や汗が止まらない。相手は見張りをしているだけあって、パワー系の身体つきをしているのだ。
まともな力勝負になれば、勝てるはずがない。
「おい、開かねえぞ。いよいよ壊れたか?」
「…………っ」
やがてドアをグッと押され、声を押し殺しながらも体重をかけて抵抗する。
「本当っすか? もうボロいですもんねえ」
ドアが開かないことに苛立ったのか、見張りたちがドンドンと荒々しく叩くたびに、押さえている私たちの身体も揺れる。
この小屋自体が古くてボロボロなせいで、ドア自体が今にも壊れてしまいそうだ。
「あー、イライラする。ぶっ壊しちまうか」
次の瞬間バキッという大きな音とともに、私の顔のすぐ真横にドアを突き破った腕がかすめ、思わず「ひっ」と短い悲鳴が漏れる。
「おい、まさか誰かいるのか?」
「…………」
やってしまったと頭を抱えつつ、今のは流石に不可抗力だ。少しでもずれていたら、今頃私は顔面を思い切り殴り飛ばされていただろう。
本当にもう時間がないと、王子へ視線を向ける。
「────」
王子は何か呪文を唱えながら魔法陣の中心に手をついており、黄金色の光が広がっていく。
その姿はあまりにも美しくて、まるで神聖な儀式をしているようだった。
「レーネ、ルカ、離れろ!」
二人して吉田に突然腕を引かれ、ドアから離れる。
同時に先程よりも大きなドンッという音がして、振り返った先ではドアがバラバラになり、木片が地面に積み重なっていた。
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