脱出への道 3
私がよしよしとルカを撫でている中、吉田は布団をめくり、小さな布袋を取り出す。
そこには私たちが散々嫌味を言われながら必死に掘り出した、サラピルが詰まっている。
「でも、サラピルは十分集まったね!」
「ああ。これだけあれば十分だろう。本来は専用の液体を使うが、細かく砕いて水に溶かすだけでも問題なく使用できるはずだ」
「良かった。セオドア様の魔力も問題ありませんか?」
「…………」
王子はこくりと頷いてくれて、ほっとする。
あとは明日の作業中、細かく砕く道具や昼食のスープの器をそっと盗んでくればいいだろう。このままだと早ければ明後日には脱出準備は整う、けれど。
「それで、どこで魔法陣を描く……?」
「問題はそこだよね」
そう、結局サラピルは集め切ったものの、今日までその問題は解決できていなかった。
毎晩みんなで話し合っていたけれど、ほぼ自由がない上にこの地下で凹凸のない、かつ人目のない場所を探すというのは無理がある。
「看守室くらいならちゃんとした部屋にはなっていそうだけど、それこそ見張りも複数いるだろうし、魔法が使える奴も数人いるみたいだからね」
それでも諦められるはずなんてないし、頭を両手で抱えながら必死に解決策を考える。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
誰もが良い案を思いつかず、牢の中には重い空気が流れていく。
そんな中、頭を指先でとんとんとしていた私は名案を思い付き「そうだ!」と顔を上げた。
「地上に出てから魔法陣を描けばいいんじゃない?」
私の言葉に、他の三人はきょとんとした表情を浮かべている。ここで描けないのなら違う場所で描けばいいじゃないという、マリーアントワネット作戦だ。
「こないだ偵察をした地上の物置小屋の床は平らだったし、人気もなかったんだよね」
「だが、魔法もなしにどうやって監視の目をくぐって地上へ行くつもりだ?」
「女の人たちが農作業のために地上へ出ていく時のチェック、すごく緩かったんだ。ご飯を食べた後に作業着に着替えて、そのまま列になって出ていくだけだから」
監視員たちも怠慢しており、全ての作業において人数を数えることはしない。
強制労働をさせられている人々の数が多いこと、この施設にはこれまで一人も脱走者いないことから油断しているのだろう。
「だから上手くやれば、紛れ込むことも可能だと思う」
「なるほどね。姉さんの言う通り、地上に出てしまった方が楽かもしれない」
「うん。地上に出てすぐにセオドア様にこのブレスレットを外してもらって、魔法さえ使えるようになればもうこっちのものだもん」
魔法が使えれば見張りだって倒せるだろうし、陸の孤島だったとしても脱出できるだろう。
「あとはその、紛れ込む方法なんだけど……」
流石にこのままではバレてしまうし、と首を傾げる。好機である分、失敗は許されない。
一度でも失敗すれば警備は厳しくなってしまい、脱出は困難になってしまうだろう。
「女性に紛れる方法……女性に紛れ……はっ」
再び名案が思いついてしまい、口元を手で覆った。
そしてみんなの顔を見回すと、吉田は髪色と同じ形の良い眉を寄せる。
「すまない、嫌な予感しかしないんだが」
「さすが吉田、その予感は間違いなく的中してる」
私は申し訳ない気持ちを胸に頷き、続けた。
「みんな、女装しよう!」
次の瞬間、しん……と場は静まり返る。
王子はいつものことだけれど、普段私に対してノータイムで肯定してくれるルカですら、なんとも言えない表情を浮かべていた。
「……お前、正気か?」
そんな中で最初に口を開いたのは、吉田だった。
「私が正気じゃなかったことがあるとでも?」
「頻繁にあるが、逆になぜそんなに堂々とできる?」
ごもっともだと思いながらも冗談ではないと証明するため、説明を始める。
「女性が着替える部屋にね、髪の毛がたくさん置いてあったの。伸びた髪は切って外で売られるらしくて、乱雑にいくつも置かれていたから持っていってもバレないと思う。みんな日差し対策で頭に布を被ってるし、長い髪を垂らして俯いていればぱっと見は女性に見えるはず」
ふざけた作戦ではあるものの、私は至って本気だ。
女装に対して抵抗があることも分かっているけれど、これならいけるはずだという気持ちを込めて真剣な表情でみんなの顔を見回す。
すると少しの後、ルカがぷっと吹き出した。
「あはは、いいんじゃない? そうしよう、名案だね。さすが姉さん」
「……わかった」
「セオドア先輩、絶対に美女になるよね」
ルカは乗り気なようで、まさかのまさかで王子もすんなりと頷いてくれる。
「ありがとうございます! ルカも絶対かわいいよ」
「やっぱり? 俺もそう思う」
王子が美女は完全同意だし、私に似てくりっとした目のルカも絶対に美少女になるはず。こんな状況だというのに、少しだけワクワクしてしまう。
そして私たち三人は、ほぼ同時に未だ一言も発していない吉田へと視線を向けた。
「……一体、俺が何をしたっていうんだ」
吉田は片手で目元を覆い、肩を落としている。
それも当然だろう。
「吉田……確かに夏休みを満喫しようと旅行に来たら連れ去られて、嫌がらせをされながら地下で強制労働をした挙句、女装をするなんて辛くて仕方ないと思う……」
「余計に辛くなるから改めて事実を並べないでくれ」
「ごめん」
紺色の髪をくしゃりと掴んだ吉田は、かなり葛藤しているようだった。吉田のキャラを考えると、こんなの拷問のようなものだろう。
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