はじめての喧嘩 2
王子と吉田は私たちの前で向かい合い、座っていた。
「ではまず、吉田選手の言い分からお願いします」
「誰が選手だ」
吉田は息を吐くと、顔を上げて口を開く。
「俺は父からも両陛下からも、セオドア様のことを頼むと言われています。ですから少しでもセオドア様にご負担のないようにすべきだと思いました。立場を考えれば当然のことです」
「…………」
なるほど、吉田の言うことは理解できる。もしも王子に何かあった場合、きっと一番に責任を問われるのは吉田と吉田父だろうから。
王子はエメラルドの瞳で吉田を見つめ、無言のまま。
「それに俺自身、セオドア様には感謝しています。父が爵位を賜って平民から貴族になった際も、何も分からない俺を何度も助けてくれましたから。そんな気持ちもあっての行動でした」
それでいて吉田は純粋な王子への感謝から、例の行動にでたそうだ。
──生まれながらの生粋の貴族の中には平民上がりの人間をよく思わない人々も少なくなく、当初は風当たりも強かったという。
けれど王子がフォローしてくれたお蔭で、吉田は辛い想いをせずに済んだそうだ。
吉田はやがて、私へ視線を向けた。
「……そんなセオドア様の側にいる以上、完璧な人間でいなければならないと思い込んでいたんだ。当初お前に対して強く当たってしまったのも、Fランクと関わっては見下げられるかもしれないと、周りからの目を気にしてのことだった」
吉田が言っているのはきっと、一年の始めに体育倉庫に閉じ込められた時のことだろう。
『どうして俺が、お前みたいなバカに勉強を教えなければならないんだ』
『Fランクに名乗る名などない』
確かにツンが強めだったけれど、それからしばらくして勉強を教えてくれたり倒れてきた棚から守ってくれたりと、吉田はなんだかんだ最初から優しかった。
それに一国の王子と行動を共にする以上、周りからの目を気にするのだって当然だ。本来は付き合う相手を選ぶのも、貴族としては正しいことだと知っている。
「今更になってしまったが、すまなかった」
「吉田……」
それでも真摯に謝ってくれるまっすぐな吉田の姿に、胸が締め付けられた。
あの時の私だって自分のことしか考えていなかったし、むしろ吉田は巻き込まれた側で、謝る必要なんてないというのに。
「だが、お前たちといるようになって、そんなことを気にしていた自分が馬鹿らしくなった。セオドア様も周りの目など、気にするはずがないと知っていたのにな」
吉田の言葉に、セオドア様も静かに頷く。
泣きそうになる私が唇を噛んで黙っている間に、吉田は再びセオドア様に向き直った。
「とにかくあなたはこんな場所で、こんな扱いを受けて良い方ではありません。だから俺は自分のしたことが間違っているとは思いませんでした」
「…………」
「以上だ」
吉田のターンは終わったらしく、その言い分の全てが理解できる内容だった。
私はぐすっと鼻をすすり、王子へ右手を向ける。
「では次にセオドア様、お願いします」
「…………」
少しの沈黙が流れた後、王子が薄い唇を開いた。
「マクシミリアンの気持ちは嬉しい。その立場だって考えだって理解できる。だからこそ、以前から俺に対して常に配慮してくれていることも分かっていた」
王子はまた一呼吸置いたあと「だが」と続ける。
「我が儘だと分かっていても、俺は友人としてマクシミリアンと対等でいたい」
その瞬間、眼鏡の奥の吉田の両目が見開かれた。
私も思わず息を呑み、王子の次の言葉を待つ。
「だから気を遣われたくはなかった。同じ目線で苦楽を共にしてこそ、真の友人だと思うから」
王子の言葉や声音からは、どれほど吉田を友人として大切に思っているかが伝わってきた。
正座している吉田が膝の上に置いていた手に、ぐっと力が込められる。
「その結果、周りから何か言われたとしても俺が絶対に黙らせる。お前が気にする必要はない」
「……セオドア様」
「俺こそいつも助けられているし、感謝しているのは同じだ。ありがとう」
そして最後に「だから特別な扱いはしないでほしい」「すまない」と言い、王子は閉口した。
──王子の言う「特別扱い」の意味が分かり、それもまた深く理解できるもので。立場のせいで大切な友人に気を遣われるのが嫌だという気持ちが、痛いくらいに伝わってきた。
きっとこれまでの人生においても、周りからそう接されることが多かったのだろう。けれど吉田にだけは、そうされたくなかったのかもしれない。
もちろんその気持ちは吉田にも伝わったらしく、何かを堪えるように唇を真横に引き結んだ。
「っう……ぐす……う……」
「ヨシダ先輩、泣かないでください」
「泣いているのは俺じゃない」
二人の友情に感動してしまい、感極まった私の両目からは涙が溢れていく。結局二人はお互いを大事な友人だと思うが故に、すれ違っていたのだ。
「よ、吉田……セオドア様はこう仰っていますが、どうしますか……」
作業着の袖で涙を拭い、吉田に問いかける。吉田は眉尻を下げ、セオドア様に笑顔を向けた。
「友人としてはもう二度と、特別に気を遣ったりはしません。セオドア様のお気持ち、とても嬉しかったです。ありがとうございます」
「…………」
王子は薄く微笑み、首を左右に振る。
もちろん、いつでもどんな場所でも特別扱いをしないというのは不可能だろう。それでも友人として過ごす時間の中、二人なら上手くやっていけるはず。
「吉田、仲直りできて良かったね!」
「これもお前のお蔭だ、ありがとう」
「ううん、私は何もしてないよ! それに全然喧嘩じゃなかったもん」
けれど私はいつも吉田に助けられてばかりだから、少しでも力になれたのなら良かった。
お互いに心のうちを伝え合うことは大切だと知る、いいきっかけにもなった。
喧嘩はできるだけ避けたいけれど、私もユリウスといつかこうして向き合える日が来るといいなと思う。
「それと吉田も私に何か思うところがあったら、いつでも正直に言ってね」
「ああ、お前もな」
「I LOVE YOU」
「うるさい、バカ」
照れくさそうに笑う吉田も、好きだ。
それからはこれまで通り四人で楽しく過ごすことができて、本当に良かったと改めて胸を撫で下ろした。




