はじめての喧嘩 1
信じられない言葉に、思わず大きな声が漏れる。
昔から仲が良くて穏やかな二人が喧嘩だなんて、とても信じられなかった。
けれど確かに二人は背を向け合い唇を真横に引き結んでいて、言われてみると険悪な雰囲気に見えてくる。
昨日だってDBによって王子の貴重なパンが踏み潰された末、分け合っていたというのに。
「ど、どうしてそんなことに……」
「俺も離れた場所にいたから詳しくは分からないんだ」
友人がいなかった私は、友人と喧嘩をしたことなんてない。そのため、こんな時にどうすれば良いのかも分からなかった。
「ひとまず放っておいた方がいいよ。子どもじゃないんだから、そのうち勝手に解決するだろうし」
「でも……」
ルカはそう言ったけれど、こんな状況で喧嘩なんてお互いに苦しいはず。
私が過酷な環境の中で明るくいられるのも、三人がいてくれるお蔭だ。一人だったなら、泣き暮らしていたに違いない。
吉田と王子が大切に思い合っているのを知っているから、尚更だった。
「明日には元に戻ってるかもしれないしさ」
「……うん」
「それにこんな環境にいたら、誰だって苛立っていつも通りじゃいられなくなるって。慣れてる俺はともかく、姉さんこそそんなに明るくいられるのはすごいよ」
ルカの言う通り、元の世界で言うと高校二年生くらいの子どもが家族と引き離され、過酷でストレスも溜まる陽の光もない場所に閉じ込められていたら、余裕なんてなくなってしまうはず。
ひとまず少し様子をみようと決めて、何も言わずにいたのだけれど。
「…………」
「…………」
翌日もずっと雰囲気は暗いままで、王子と吉田の間に会話はない。
いても経ってもいられなくなった私は、王子とルカがお風呂に行っている間にこっそり吉田に声をかけてみることにした。
「ねえ、セオドア様と何かあったの?」
「……ああ。空気を悪くしてすまない」
「ううん、私たちは大丈夫だよ。でも、二人にはいつも通り仲良くしていてほしいなって」
友人たちが気まずい空気でいるのを見ていると、心臓が鉛になったみたいに胸の奥が重たくて苦しくなる。
もしも自分が誰かと喧嘩してしまったら、もっともっと苦しいに違いない。
吉田は目を伏せた後「実は」と話し始めた。
「セオドア様の分も作業しようとしたのと、食事を多く分けたのが原因だ」
「…………? それでどうして喧嘩になるの?」
吉田は王子を気遣っただけだろうし、それだけでいつも穏やかな王子が怒るとは思えない。
「特別扱いするなと言われて、軽い口論になった」
「特別扱い……」
その言葉の意味は分からないものの、王子は意味なく怒る人ではないし、何か理由があったのだろう。吉田も初めてのことに戸惑い、こんな状況では心にあまり余裕もなかったため、口論になってしまったという。
とにかく王子に詳しく理由を聞かなければ、解決には至らないはず。
「……よし、分かった! セオドア様ともう一度ちゃんと喧嘩しよう! 思いっきり!」
「は?」
「お互いに全部話してぶつかった方がいいと思う」
話を聞いた限りでは、王子も吉田もお互いに遠慮しているような感じがする。
だからこそ、お互いに思うところがあっても「軽い」口論で終わった上に、原因すら分からないままなのではないだろうか。喧嘩自体が半端なせいで、未だに仲直りできずにいる気がする。
吉田にもその自覚があったのか「確かにそうかもしれない」と呟いた。
「だが、人生において俺は喧嘩などまともにしたことがない。どうすればいいんだ」
「実は私もないんだけど、ここは任せてほしい」
ぐっと拳を握ってみせた私を見る吉田の顔には不安だと書いてあったけれど、王子たちが帰ってきた後、早速二人の喧嘩を行うこととなった。
◇◇◇
「──それではこれより、吉田とセオドア様の喧嘩を始めたいと思います」
「すごいね、姉さん。そんな宣言から喧嘩が始まることってあるんだ」
隣に座るお風呂上がりの愛らしいルカは、感心したように呟いている。
先程戻ってきたばかりの王子に「吉田と再度喧嘩してほしい」と伝えたところ、あっさり「分かった」と頷いてくれた。
そうして喧嘩について無知な私がこの場を取り仕切った結果、今に至る。間違えているという自覚はあるものの他に方法もないため、このスタイルでいこうと思う。




