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楽しい夏休み(地獄パート)2



「聞いたことがあったんだよね。今は奴隷制度も禁止な上に賃金も値上がりしているから、こうして若者を攫ってきては労働力としてこき使うんだって」

「ええええ……!?」

「特に俺たちは観光客なのも分かりやすかったし、国外の人間となれば捜索も困難になるから目をつけられたんだろうね。元々乗ろうとしていた船が満員ってのも嘘で、誘導されたのかな」

「そ、そんな……」

「規模を見る限り、組織としては親玉クラスだと思う」


 大したことのないように話すルカは、まるで他人ごとみたいで驚くほど冷静だった。


「お前はなぜそんなに落ち着いていられるんだ」

「こういうの、過去に何度もあったんで」


 吉田の問いに対し、ルカはさらっと答えてみせる。


 ──父が事故に遭い誰も頼れなかった時、ルカは「生きるために何でもした」と話していた。


 もしかするとその時、こんな経験を何度もしたのかもしれない。心が痛みつつ、とにかくこのままではまずいとハラハラしてしまう。


「でもこんな美少女や美少年、ただ働かせるより売り飛ばしたりした方が儲かるんじゃ……」

「この辺りの国では人身売買は大罪だからね。買い手がほとんどいないから、単なる労働力としてこき使われるだけじゃないかな」


 そういった心配がないのなら、少しは安心だろう。みんながバラバラになったり、傷つけられたりするのが一番恐ろしい。デスゲームとかでもなくて心底良かった。


 とはいえ、状況としてはまずいことに変わりない。


「ど、どうしよう……」 

「とにかく隙を見て脱出するしかないだろうな」

「そうですね。ただ、魔法が使えないのは厄介だなと」


 私一人が気絶している間に確認したところ、脱走や抵抗を防ぐためなのか、船に乗る際に手首に付けられたブレスレット型の魔道具によって魔法が使えなくなっているらしい。


 こんな状況で魔法も使えないとなると、大ピンチにも程がある。そもそもこの場所がどこか分からないし、陸の孤島だったり……なんて考えると、脱出も相当厳しいに違いない。それでも。


「でもほら、これまでも何度も死にかけたけどなんとかなってきたし、絶対に大丈夫だよ!」

「最悪の成功体験だな」


 笑顔を向けると、吉田は冷静につっこんでくれた後、呆れたように笑ってくれる。


 それに私たちがいつまでもホテルに戻らなければ、何かがあったのだろうとユリウスたちも気付いてくれるだろうし、助けがくるかもしれない。


 それに私はヒロインなのだから、こんなところでまだ死ぬはずがないと信じたい。


「ま、こんな経験は滅多にできないしね。ヨシダ先輩も楽しんだ方がいいですよ。色々あった俺だって現にこうして生きてますし」

「お前たち姉弟は前向きにも程があるだろう」

「エヘヘ」

「姉さんと俺ってやっぱり似てるのかな、嬉しい」

「照れるな、全く褒めていない」

「…………」


 王子もふっと口元を緩めてくれて、ほっとする。


 なんだかんだ、この中で一番精神年齢が大人なのは私なのだ。みんなだって内心はきっと不安だろうし、私が明るく努めて励ましていかなければと気合を入れる。


 そして必ず、四人で元気に帰ってみせると誓う。


 ──そうして私たちの夏休み、地下強制労働施設からの大脱出パートが幕を開けた。



 ◇◇◇



「わっ見て吉田! でっかいミスリル見つけたよ!」


 今しがた掘り出したばかりの青白く輝くミスリルを、ハンマー片手に掲げる。


 少し離れた場所で鉱石を掘っていた吉田は「良かったな」と適当な返事をした。その隣では王子も黙々と岩壁を掘っている。


 ルカは「だる」とサボっていたものの、私が「どっちが大きいのを見つけられるか勝負しよう」と声をかけたところ「うんっ!」と笑顔で頑張っていた。かわいい。


 サボっていると見張りが罰を与えにくるため、気を付けなければならないのだ。


「でもこれ、組織の儲けになると思うとやるせないね」

「本当にね。さっさと脱出して捕まえないと」


 ルカは溜め息を吐くと、再びハンマーで岩を叩いた。


 ──地下強制労働施設に攫われてきてから、なんともう五日が経つ。


 私たちはボロボロの作業着とヘルメットを身につけ、施設から繋がる鉱山にて、朝から晩まで発掘作業をさせられている。


 魔法が使えないため、驚くほどアナログな手作業だ。今頃は隣国の王都で楽しくスイーツ巡りをしているはずだったのに、どうしてこんなことに。


「それにしてもみんな、どんな服装でも似合うね」


 上下ボロボロの紺色の作業着に赤いヘルメットという限りなくダサい服装なのに、美形が着ると高級品に見えてくるからすごい。


 ちなみに本来、女性は桃色の作業着を着て地上での農作業が割り当てられるものの、私はみんなと一緒がいいとお願いして採掘作業にあたっている。


「おっ、新人。いい手つきだねえ、頑張れよ」

「ありがとうございます! 頑張ります!」


 この場所に一年いるという二十代後半の先輩に声をかけられ、笑顔を返す。爽やかなやりとりはまるで運動部の先輩後輩のようだけど、関係性は先輩の奴隷と後輩の奴隷というのが切ない。


 攫われてきた人々は数百人いるようで、かなり大規模な組織犯罪なのが窺える。最大で五年ここで働かされている人もいると聞き、胸が痛んだ。


「おい、昼休憩だ! さっさと来い!」


 そんな中、辺りには見張りの苛立った声が響く。


 私たちはハンマーを置き、ぞろぞろとお昼の配給場所へと向かう。そこでパンひとつとスープの入った器を受け取り、空いている場所に四人で輪になって座る。


 一日三回、決まった時間に全く同じ食事が出てくることで、ずっと陽の当たらない地下にいても、なんとか日付感覚を保つことができていた。



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【公爵様、悪妻の私はもう放っておいてください】

新連載もよろしくお願いします!

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