楽しい夏休み(嵐の前のなんとやらパート)4
「深い理由は全くないんですけれども……普通にただユリウスと一緒にいたいなと」
照れながらも正直な気持ちを伝えると、ユリウスはやはり戸惑うような反応をした。
「……レーネって、そんなに俺のこと好きなんだ」
その様子に私の頭の中は「?」でいっぱいになる。
あんなプロポーズまがいの告白をして付き合っているというのに、どうしてそこに驚くのだろう。
「あの、ユリウス──わっ」
「良かった」
不思議に思っていると突然腕を引かれて引き寄せられ、頬に柔らかい感触がする。
頬にキスをされたのだと理解するのと同時に、顔が熱くなった。ただでさえ接触行為は恥ずかしいというのに、みんながいる場なら尚更だ。
「すごいね、レーネちゃんは。俺の決意とか気遣いをあっさりダメにしてくれちゃって」
「?????」
「たった半日しか持たなかったな」
一体何のことかよく分からないものの、ユリウスはいつも通りの笑顔に戻っていてほっとする。
けれど突然のデレはキスだけでは収まらず、ぐいと腰に腕を回され、耳にも唇が触れた。
「帰ってきたら、二人きりでいちゃいちゃしようね」
「???????????」
「恋人らしいこと、たくさんしよう?」
先程までの少しのツン感はどこへやら、いきなりの激甘展開に頭はショート寸前になる。
初心者の私にはよく分からないけれど、恋人同士における何らかの心理戦なのだろうか。
あまりの甘い囁きに耳が溶けてなくなると焦り、思わず自身の耳を隠してしまった。
「おい、姉さんによくも……! 最っ悪なんだけど」
そして今のキスやハグをルカにだけは見られていたらしく、ずかずかとこちらへやってくると、私とユリウスの間に割り入った。
ごしごしと服の袖で私の頬を思い切り擦り、あまりの勢いに摩擦で発火しそうだ。
「いたっ、いたたたた」
「姉さんに触るな」
「恋人なんだから、これくらい序の口だけど?」
「ええっ」
これが序の口なら、この先には何が待ち受けているのだろうと私が一番動揺してしまう。
ルカはユリウスを睨んでいたけれど、ぱっと私に向き直ると両手を組み、うるうると大きな私と同じ色の瞳を潤ませた。私がこの顔に弱いと分かっていてすかさず出してくるあたり、とても賢い。
「姉さん、やだよ。やだ」
「うっ……と、とにかく行こうルカ! では、また!」
頬とはいえキスをしているところを家族に見られるというのは恥ずかしいし、ルカにこうしてあざとくかわいくせがまれると、うっかり何でも聞き入れてしまいそうで恐ろしい。
とにかく船に乗らなければと自分に言い聞かせ、ルカの腕を掴み急ぎ足で玄関へ向かっていく。
「あはは、行ってらっしゃい」
ユリウスの楽しげな声を背中越しに聞きながら、私は逃げるようにホテルを後にしたのだった。
◇◇◇
それから三十分後、私とルカと吉田と王子は四人で仲良く海沿いの道を歩いていた。美しい海と穏やかな波の音に、心が浄化されていく気がする。
「本当に綺麗な海だよね。吉田の心くらい」
「そうか」
「それにかなり深そう。吉田の懐の深さくらい」
「いちいち俺で例えんでいい」
そんな会話をしながらのんびりと歩く時間は、とても心地の良いものだった。
私と手を繋いで隣を歩くルカも楽しそうに海の生き物を眺めたり、物珍しげに貝殻を拾ったり、小さな子どもみたいでかわいい。
「セオドア様も海がお好きなんですね」
「うん」
王子もずっと海を眺めながら歩いていて、すれ違う人々はその姿を見ては足を踏み外したり、小さく悲鳴を上げたりしていた。
最近は見慣れてきていたけれど、改めて王子が凄まじい美貌なのだと実感する。
「…………」
「わ、ありがとうございます」
そして王子は顔だけでなく目もとても良いらしく、ルカが気に入って先ほどから拾っている貝殻を見つけては一緒に拾い、渡してあげていた。
美形二人の微笑ましい光景に、私の口角は空まで飛んでいきそうになる。
「……俺、セオドア先輩に嫌われてると思ってたから、ちょっと嬉しい」
ルカは綺麗な貝殻でいっぱいになった胸ポケットを眺めながら、ぽつりと呟く。
「えっ? どうして?」
「俺が姉さんを嵌めようとした時、セオドア先輩に姉さんに余計なことをするなって言わんばかりに睨まれてたんだよね。その後も見張られてる感じがしてたし」
「セ、セオドア様……!」
いつも静かで穏やかな王子が私のためにそんな行動に出てくれたなんてと、胸を打たれる。
「…………」
思わず王子の手を取ってお礼を言うと、ふいと顔を背けられた。
どうしたんだろうと不思議に思ったものの、少しだけ頬が赤いのが見えて。まさかのまさかで王子が照れているのだと気付き、顔中の穴という穴から血を吹き出しそうになった。
「それにヨシダ先輩も『俺の女に手を出すな』って、ものすごく怒ってたよ」
「よ、吉田まで……そんなにも私のことを……」
「頼むから吐くならもう少しマシな嘘を吐いてくれ。お前も信じるな」
四人で過ごすのは初めてだけれど、笑顔が絶えない。
まだまだ旅行は始まったばかりだし、最終日までずっと最高の日々になるという確信があった。




