楽しい夏休み(嵐の前のなんとやらパート)2
「じゃあ一旦、それぞれの部屋に行って自由時間にしましょうか。夕食は二階のレストランを貸切にしてくださっているそうだから、十八時に待ち合わせで」
てきぱきと仕切ってくれるミレーヌ様に感謝し、私達はソファから立ち上がった。
部屋割りは出発前に終えていて、テレーゼとミレーヌ様、ユリウスとアーノルドさんの三年組、二年の男子四人組、そして私とルカで寝ることになっている。
「姉さん、あんまり俺から離れないでね……? 知らない国で不安なんだ」
「もちろん! 一緒にいようね」
ルカは唯一の一年生だし、私以外とでは気を遣うだろうとのことで姉弟の組み合わせになった。
みんなもルカにはとても優しいけれど、まだ関わりも薄いし、なるべく私が側にいなければ。
「本気でそいつが周りに気を遣うと思ってる?」
「は? なに、文句あんの? 喧嘩売ってるわけ」
「レーネがいないところでいつも喧嘩売ってくるのはお前じゃなかった?」
「何のことだか分かんないな」
「待った待った、ちょっと待った」
再びユリウスとルカの喧嘩が勃発しそうで、慌てて間に飛び込んで仲裁に入る。
この二人は常に何かしらの言い合いをしていて、逆に仲が良いのではないかとすら思う。
「じゃあユリウス、また後でね!」
「うん」
そうしてルカと共に階下の部屋へ移動したところ、先程とはまた雰囲気が違って豪華だった。
私達二人だけなのがもったいないくらい、広くてお風呂までふたつある。
「……ふう」
ずっとずっと楽しかったものの、移動というのはやはり疲れるもので。手持ちの荷物を整理し、ぼふりと一旦ふたつあるベッドの片方に倒れ込む。
するとルカが近づいてきて横に寝転び、私の身体にぎゅっと抱きついた。
「姉さん、今日は一緒に寝ようね」
「寝相は良くないんだけど、もちろん。絵本でもなんでも読んであげる」
「やった! 絵本は持ってきてないから、また今度ね」
実は以前約束した「週末に一緒にお泊まりをする」という約束は果たされておらず、今回が初めての姉弟でのお泊まりになる。
絵本に関しては冗談だったものの、ルカが本当に嬉しそうにするものだから、何でもしてあげたくなった。
いつも健気で私をとても好いてくれているのが伝わってきて、かわいくて仕方ない。
「ルカは甘えんぼうだね」
「姉さんにだけだよ。……それに、今までは甘える相手もいなかったから」
よしよしと柔らかな桜色の髪を撫でると切なげにルカは微笑み、長い睫毛を伏せた。
確かに男の子がこうして男親に甘えるというのは、なかなか難しいはず。その上、事故に遭った父を支えようと頑張ってきた身なら尚更だろう。
これまで辛い思いをしてきた分、ルカにはめいっぱい甘えてもらいたい。前世の私も、誰かに甘えたい、ぎゅっとしたいと思うことは何度もあった。
私がへこんだ時、リアル吉田がコンビニの肉まんを奢ってくれたのはいい思い出だ。
「いくらでも甘えていいよ、ルカのお願いなら何だって聞いちゃう!」
「ありがとう、大好き。俺のことずっと好きでいてね」
私の身体に回していた腕にさらに力を込めたルカは、上目遣いで私を見上げてくる。この顔に私が弱いと分かっていて、あえてやっているに違いない。その調子だ。
ルカからの愛情は少し重い気がするけれど、愛と憎しみは紙一重というし、これまでレーネを憎んでいた分の反動もあるのかもしれない。
「学園生活はどう? 好きな子とかできた?」
「そんなの必要ないし、できる気もしないよ。姉さん以外──あ、ミレーヌ先輩とテレーゼ先輩以外の女子はみんなすぐ俺のことを好きになるから面倒だし」
「な、なるほど……罪深い……」
みんなすぐ俺のことを好きになるから面倒、というパワーワードに面食らいつつも、事実なのだろう。
ルカは姉の贔屓目なしに美形だし、Sランクということもあってそれはもうモテるはず。
「夏休みはお友達と遊びに行く予定とかないの?」
「ないよ。男だって媚びてくるしょうもない奴か、プライドだけは高いくせに能力は平均以下、身分でしか俺を見下せない奴ばっかりだしね。友達なんて必要ない」
きっぱり言い切るルカは、本気で友人を作る必要性などないと思っているようだった。
「でも、友達はいた方が学園生活は楽しくなるよ」
「そもそもあの学園に通っているのは卒業さえしておけば将来役立つからであって、楽しむ必要があるとは思えないんだ。俺は姉さんさえいれば楽しいし」
ルカはにっこり微笑んだけれど、かつての私も似たような考えで行動し、それはもう後悔した。
私だってルカよりも一年早く卒業するわけで、寂しい思いはしてほしくない。夏休み明けはルカにお友達ができるよう、何か作戦を起こすのもいいかもしれない。
「ちなみに父さん、もうすぐ再婚するんだって。男爵家に婿入り」
「ええっ、貴族に婿入り……!?」
「そうそう。俺と似て顔はいいからね、金持ちの未亡人に見染められたらしいよ。だから俺、もうすぐ男爵令息になるんだってさ」
突然の話に驚きで大きな声が出てしまったものの、これで色々と楽になると話すルカは、再婚自体には全く何も思うところがないらしい。
ルカは学園の寮暮らしを続けるため生活に変化もほぼないし、利点ばかりだと平然と話しながら私の髪にくるくると指先を絡めている。
「姉さんとの身分差も無くなって、外で気を遣うこともなくなるのは嬉しいな。平民ってだけで下に見られて面倒なことも多いし」
「そっか。ルカがそう思えるのならよかった」
「でも、妹ができるんだって。そいつも俺のことを好きになったらどうしよう、面倒だな」
「ええっ、でも流石に兄妹って関係で……はっ」
ルカは確かに誰でも好きになってしまうほどの超絶美少年だけれど、血は繋がっていなくとも兄妹という関係なら流石に大丈夫──と言いかけたところで、ブーメランが私に突き刺さった。
ユリウスと私も同じような関係だったため、何も言えなくなる。
「とにかく俺は何があっても姉さん一筋だからね」
「あ、ありがとう……?」
私やルカを取り巻く家系図が更に複雑になると思いながらも、新しい家族と上手くいくことを願うばかりだ。
「ふわあ……眠たくなってきちゃった。姉さん、あったかくていい匂いするから」
「少しお昼寝する?」
「いいの? 色々見に行きたいって言ってたのに」
「うん、いいよ。移動で疲れたよね、実は私もなんだ」
眠そうに私の腕に顔を押し付ける可愛さに心の中で血を吐きながら、笑顔を向ける。
するとルカは「ありがとう」と微笑み、目を閉じた。
「……まあ、姉さんを独占したいだけなんだけど」
「えっ?」
「おやすみなさあい」
ルカこそ温かくてお菓子のようなとても良い甘い香りがして、私もだんだんと眠くなってくる。
そして結局二人で爆睡してしまい、夕食に少し遅刻してしまったのだった。




