知らない過去 1
満を持して迎えた夏休み初日、私は自室にて全力で宿題をこなしていた。
その隣では頬杖をついたユリウスが、つまらなさげに指先でペンをくるくる回している。
「ねえレーネちゃん、かまってよ。せっかく屋敷に二人きりなのに」
「さっさと宿題を終わらせておかないと、全力で夏休みを楽しめませんからね」
最後の一日まで全力で遊び「あー楽しかった!」で終わりたい。そのためにも、今日からの三日間で宿題を終わらせるつもりでいる。
ちなみにユリウスは「だいたい見た瞬間に答えが分かるから半日で終わる」そうだ。悔しい。
今日は本気で宿題をすると決めており、かまってちゃんのユリウスを放置して、ひたすら問題を解いていく。
もはや髪も邪魔で、前髪も後ろ髪もすべて髪紐でまとめて頭の上でお団子にした。
付き合い初めの数日は流石の私も常に可愛い格好でいたい、胸がいっぱいで食事もあまり喉が通らないという乙女モードだったけれど、そんな気持ちもあっという間に消え去っている。
同じ屋根の下で暮らしながら常に気を遣うなんて、女子力皆無の私には無理な話だった。
「レーネってさ、本当に色気がないよね」
「本当にね。私が裸でいても誰も何も思わなさそう」
「俺は抱くけど」
「ですよね、抱──……へっ」
さらっと当然のように言ってのけるユリウスに動揺してしまい、間の抜けた声が漏れる。
驚いて顔を上げると「本当に色気がないね」と笑うユリウスと視線が絡んだ。
「な、ななな……」
「逆にどうして驚くのか分からないな。俺だって男で、レーネのことが好きなんだけど」
「た、たたた確かにそう、ですけれども……」
「まあ、結婚式までは待つから大丈夫だよ。よっぽどのことがない限りは」
自分の色気のなさや女子力の低さは誰よりも知っているため、恋人といえどもそういった対象として意識されていることに、素で驚いてしまった。
そして「よっぽどのこと」とは何なのだろう、こちらとしては全く大丈夫ではない。
そう思いながらもユリウスが当然のように未来の話をすることに、嬉しさを感じてしまうのも事実だった。
「でも、レーネはなんでそんなに頑張るの?」
「……色々あって、どうしてもSランクにならなきゃいけないから、かな」
「ふうん? 大学に行く気はある?」
「実はその辺りはまだあんまり考えたことがなく……」
──ハートフル学園には、系列の二年制の大学もあると聞いている。
とはいえ、ハートフル学園もしくはパーフェクト学園といった各校を、上位ランクで卒業した者しか入学できないんだとか。
無事に学園をSランクで卒業できた後、自分がどうしたいのかはまだ分からない。
前世では夢もなくとにかく施設を出て自立するため、高校卒業後は少しでも給料の良い会社に就職することしか考えていなかった。
けれどこの世界でなら自分のやりたいこと、将来の夢も見つけられる気がする。
「でも、少しでも長く学生生活を楽しみたいって気持ちはあるんだ」
辛くて大変なこともあるけれど、私はなんだかんだ学ぶことも好きだし、叶うのなら憧れていた大学生活だって送ってみたい。夢のキャンパスライフだ。
その間に将来のことも慌てず、じっくり考えられたら幸せだとも思う。そう話すと、ユリウスは「そっか」と優しく頭を撫でてくれた。
「レーネのやりたいことをしなよ。最終的には俺のお嫁さんとして一生幸せにするから、安心して好きにして」
「あ、ありがとう……!」
ユリウスがそう言ってくれると、どんなことでもできる気がしてくる。
やはりまずは学園生活を楽しみつつ、ひたすら勉強をしなければ。生き延びるためだけでなく、将来の選択肢を広げるという意味でも勉強は大切なのだから。
「なんか最近の私、真面目なことばっかり考えてる気がする。らしくないや」
「そう? レーネは誰よりも真面目だと思うけどね」
「ちなみにユリウスは大学に行くの?」
「うん。この国の法律的に爵位を継ぐには二十歳になってからの方が都合がいいし、大学に行きながら準備を進めるのもいいかなって。レーネが大学に行くなら尚更」
そうなればまた一年、同じ学校に通えると思うと一気に楽しみになる。
一方でユリウスの言う「準備」というのが何なのか、気になってしまう。
そして関わりがあるであろう、ずっと気になっていたことを尋ねてみることにした。
「……ユリウスはどうして私にSランクになってほしいって言ったの?」




