新たな変化 3
そのまま吉田の姿は、グラウンドの林の中へと消えてしまった。この光景を見ていた周りのクラスメートも私も呆然とし、辺りは静まり返る。
ドドドドドドという、今もなお私の両手から放たれる大量の水の音だけが響く。
「……えっ? ええええ……!?」
信じられない威力に困惑したものの、やはりこのとんでもない魔法は私が放ったものらしい。
いつも通りに魔法を使ったはずなのに、なぜこんなことになってしまったのか理解できない。
止めようと思っても私の意思とは反して、蛇口の壊れた水道のように止まる気配はない。救いを求めて先生の姿を探しても見当たらず、余計にパニックになる。
「──大丈夫」
そんな中、穏やかで優しい声とともに後ろから誰かの両手が伸びてきて、私の手を掴む。
すると不思議と、水はぴたりと止まった。
「セ、セオドア様……! ありがとうございます!」
「…………」
どうやら暴走する私を見かねた王子が、魔力を強制的に止めてくれたらしい。
自身の魔力を触れた相手に流し込み押さえつけるという方法は聞いたことがあったものの、実際に行うのは至難の業だと聞いている。
あっさりやってのけた王子に流石だと尊敬しつつ、私はハッと我に返った。
「はっ、吉田……! 吉田――――!!!!!」
改めて王子にお礼を告げた後は林の中に吹き飛ばしてしまった吉田を探すべく、私は美しい虹がかかった林へと慌てて駆け出したのだった。
◇◇◇
「──なるほど、魔力量の急増が原因でしょう」
「えっ」
一日の授業を終えた放課後、私は職員室で実技演習担当の先生と向かい合っていた。
先生が怪我をした生徒に付き添っている間に私の魔力大暴走は起こったらしく、その様子は保健室の窓からもよく見えていたという。
ちなみに吉田は無事で、本当に安心した。
怒ることもなく、むしろ私の心配をしてくれた吉田を一生推していきたい。
そして先生に呼び出され、言われるがままランク試験で使う測定器を使ったところ、なんと私の魔力は過去に類を見ないほど増えていることが発覚した。
「魔力が急に増えたことで感覚が変わって、コントロールできなくなったのね。制御する練習をすれば問題はないはずよ。むしろ喜ばしいことだから、頑張って」
「あ、ありがとうございます」
笑顔で親指をぐっと立てる先生に頭を下げて職員室を出た私は、廊下でぴたりと足を止めた。
「……魔力量が、増えてる」
以前ユリウスの先輩の先輩に測ってもらった時は、1から29に上がっていた。その頃よりもさらに増えているとなると、かなりの数値になるはず。
今後、バッドエンド回避をするためSランクを目指す以上、とても喜ばしいことではあった。
「いたいた、待ってたよ。帰ろっか」
職員室前で立ち尽くしている私の元へ、ユリウスがやってくる。その手には私の鞄もあって、教室に寄って持ってきてくれたことが窺えた。
そのまま腕を引かれて校舎を後にして、いつものように隣り合って馬車に乗り込む。
「授業中に見てたよ、ヨシダくんを吹っ飛ばすレーネ。あんな魔法まで使えるようになったんだ」
「…………」
「レーネ?」
色々と考え込んで黙り込んでしまっていると、ユリウスに至近距離で顔を覗き込まれる。
私はじっと完璧な顔立ちを見つめ返し、おずおずと口を開いた。
「……もしかしてユリウスって、ものすごく私のことが好きだったりする?」
我ながら突拍子もない問いかけで、ユリウスもぱちぱちとアイスブルーの目を瞬く。
けれど少しの後、ふっと口元を緩めたユリウスは、指先で私の顎をくいと持ち上げた。
「そうだよ。レーネが思っている以上に、ものすごく」
「ラ、ランク試験の前よりもさらに?」
「あはは、何その質問。でも間違いなくそうだね」
まなざしや声音、表情全てからその言葉が本当なのだと伝わってくる。
──一応『マイラブリン』のヒロインである私の魔力量は、攻略対象の好感度に比例する。
ゲームのことは正直意識したくないものの、きっと今の私はユリウスルートを突き進んでいるだろうし、ユリウスの好感度が魔力量に関係しているはず。
つまり魔力量が跳ね上がったのは、ユリウスからの好感度が跳ね上がったことを意味する。
そう思うと嬉しい気持ちと照れくさい気持ちでいっぱいになり、顔が熱くなった。心臓が破裂するのではないかというくらい、大きな音で早鐘を打っている。
私も好きだと告白し恋人になったことで、ユリウスの気持ちに変化があったのかもしれない。
「でも急にどうしたの? そんなにも俺がレーネを好きなの、顔に出てた?」
「ええと、そんなところでして……」
「へえ? で、レーネは俺のことどれくらい好き?」
ユリウスは綺麗に口角を上げ、楽しげに微笑む。
「え゛っ……と、とても好きです」
「とてもってどれくらい?」
「すごく! いっぱい!」
「もう少し詳しく」
「たくさん! 世界一! 吉田並!」
「本当? 嬉しいな、俺もだよ」
必死に身振り手振りとありったけの語彙力で伝え続けたところ、ようやくユリウスは満足げな顔をした。少し確認をするつもりが、ただのバカップルみたいな会話になってしまっている。
未だに慣れない甘い空気にむずむずした私は、お得意の話題を変える技を使うことにした。
「あっ、実は魔力量が急に増えたせいでコントロールできなくなって、吉田を吹っ飛ばしちゃったらしいんだ。だから夏休みの空いてる時間、ユリウスに制御の仕方を教えてもらえたらと思って」
「もちろん。少しと言わず、いくらでも」
ユリウスはいつも私のお願いを笑顔で聞いてくれて、そんな優しいところも好きだと思う。
「ああ、前に俺の好感度と比例するって言ってたっけ。だからさっきあんな質問をしたんだ」
「よくそんなふざけた話、覚えてたね」
「レーネとのことは全部覚えてるよ」
あんなぽろっと漏らした発言を覚えてくれていたこと、根も葉もない話を信じてくれているような口ぶりに驚いてしまう。
──以前同様、私は内心ユリウスの気持ちを利用しているようで気にしてしまっていた。
もちろんそんなつもりはないし、結果的にそうなってしまっただけ。とはいえ、やはりシステムについて知っていた以上、罪悪感のようなものを感じてしまう。
ユリウスはそんな私の心のうちを見透かしたのか、そっと頭を撫でてくれる。
「それならレーネの成績が上がるように、もっと好きにならないとね」
そしてわざと戯けてそう言ってくれたユリウスに、ぎゅっと胸が締め付けられた。
「うっ……もう大好き! このスパダリ、完璧彼氏!」
「あはは、高評価で良かった」
たまらず込み上げてくる気持ちを口にすると、ユリウスは子どもみたいに笑う。
そんな表情を向けるのも私にだけだと知っているからこそ、余計にドキドキしてしまう。
いつの間にか馬車は伯爵邸に到着しており、降りようとドアに手をかける。すると後ろからユリウスの手が伸びてきて、目の前のドアにとんと手をつく。
そのまま後ろからもう一方の腕で抱きしめられ、耳元に顔が寄せられた。
「それと、夏休みはちゃんと恋人らしいことしようね」
「……っ」
「確か二人きりでデートもして、イベントも一緒に過ごすんだよね?」
なぜ今ここでこんな体勢で言う必要があるのだとか、どうして普通に喋るだけでそんなにも色気があるのだとか、言いたいことはたくさんあったけれど。
結局、私は真っ赤な顔で首が取れそうなほど頷くことしかできなかった。




