なんちゃって貴族令嬢の嗜み 3
吉田の腕に手を添えて、大勢の若者で賑わう華やかな会場内──王城の大広間を歩いていく。
ここにいる大半が同級生だと思うと、なんだか成人式のような気分になる。
「うっ……頭が……」
「急にどうした」
「ちょっと闇の記憶が蘇ってしまって……」
黒歴史でしかない成人式のことを思い出すたび、頭を抱えて床に転がりたくなってしまう。
どうにかして頭から消し去ろうとしていると、見覚えのある美形がやってくるのが見えた。
「あ、ラインハルト!」
「レーネちゃん」
彼の隣には、とてつもない美女の姿があった。同い年の従姉妹と参加すると聞いていたけれど、想像以上の美女で、ノークス家も美形な家系なのかもしれない。
気さくでかわいらしい美女に挨拶をしたことで立ち直った私は、まず両陛下に挨拶をするため、会場から続く謁見の間へ吉田と共に向かう。
「吉田、注目されてるね」
「気のせいだろう」
吉田はそう言ったけれど、間違いなく辺りにいる女性達はみな、正装姿の吉田に見惚れていた。
黒いタキシードが細身の高身長を引き立てていて、とても格好いい。吉田が黒を身に纏っているのは初めて見たけれど、やはり美形は何でも似合ってしまうらしい。
「吉田、かっこいいね」
「お前も悪くないんじゃないか」
「えっ、好き?」
「置いていくぞ」
吉田に褒められて浮き足立っていると、行き先が人だかりで塞がれていることに気付く。
あまりの盛り上がりっぷりに何か出し物でもやっているのかと、少し覗いてみる。
その中心にいた人物を見た瞬間、私は目を瞬いた。
「きゃあ、ユリウス様よ! 今日もなんて麗しいの」
「社交界でも一・二を争う人気ですものね」
「今日もどなたとも踊らないつもりなのかしら……一度でいいからお相手していただきたいわ」
美しく着飾った女性達は頬を赤く染め、ユリウスへ熱い視線を送っている。
にこやかな笑みを貼り付け、周りの人々にきらきらと愛想を振りまく姿は、つい先程まで私の部屋で一緒にいた人物とは思えない。
なんだか知らない人のようで、遠く感じてしまう。
「お前の兄、すごい人気だな」
「いや本当にびっくりしちゃった」
それからも少し様子を窺っていたけれど、ユリウスはモテにモテてモテまくっていた。
もちろん、モテることは知っていた。学園でもモテている姿は見ていたけれど、私は社交界というものをよく分かっていなかったように思う。
貴族令嬢達にとっては良い家柄の男性を捕まえるというのは、人生をかけた戦いなのだ。
そしてユリウスは「親が決めた相手と結婚する」というのは決まっているものの、特定の婚約者なんかはいないため、世の女性からすればまだまだ狙い目があると思っているのだろう。
「ああもう、どうしたらお近づきになれるのかしら」
「なぜあんなに美しいのかしら……芸術品のようね」
「それでいて魔法にも秀でているんだもの、完璧だわ」
近くの女性達は休むことなくユリウスを褒め続けており、どれほど憧れて焦がれているのかが伝わってくる。
「あの……中心にいる方が私の恋人って本当ですか?」
「俺に聞くな」
なんというか、芸能人が自分の恋人だというくらいの違和感がある。
「そろそろ行くぞ、時間だ」
「あ、そうだね。ごめん」
吉田に声をかけられ、再び謁見室へ歩き出す。ちらっと振り返り、人だかりの奥に見えたユリウスの笑顔に、胸の奥がちくりとした。
◇◇◇
一時間後、謁見室から出てきた私は、吉田に支えられながらよたよたと大広間へ戻ってきた。
「き、緊張した……」
王子のご両親──両陛下に挨拶をしたけれど、なんというか王族というのは違う世界の人なのだと思い知らされた気がした。
纏うオーラが普通の人とは違う。王子や王子兄も高貴な雰囲気はあるけれど、やはり国王陛下ともなると、思わず背筋が伸びてしまう存在感や威厳があった。
『いつもセオドアはあなたたちの話をしているのよ』
『ああ。これからもよろしく頼む』
『は、はい! もちろんです!』
思ったよりも大きな声が出てしまって、両陛下も「元気なのは良いことだ」と微笑んでくれた。
そして王子がご両親にも私達の話をしてくれているのが、何よりも嬉しい。
『マクシミリアンも随分柔らかい表情になって』
『セオも嬉しそうにしていたよ』
王子の幼馴染である吉田は両陛下と昔から親交があるらしく、気さくに話しかけられていた。
とにかく無事に終えられてホッとしていると、ヴィリーとユッテちゃんがこちらへやってくるのが見えた。
元クラスメートでもある二人は、今回一緒に参加することにしたらしい。
「どうしたんだよレーネ、生まれたての化け物みたいな歩き方して」
「膝に矢を受けてしまって……」
「ふふ、でも緊張しちゃうよね。やっぱり陛下ってオーラが違うというか、迫力があって」
「わかる」
ユッテちゃんも相当緊張したようで、ふうと息を吐いていた。ヴィリーはなんと以前、王子と王城で遊んだ際に両陛下と共に食事までしたらしく、全く緊張しなかったという。強者すぎる。
「お前ら、もう踊ったのか?」
「ううん。これからだよ」
「それがヴィリーってば、びっくりするくらいダンスが上手くて驚いちゃった」
「えっ……ヴィリーが……?」
「まあな」
勝手に苦手仲間だと思っていたものの、運動神経の良さもあって、ダンスは完璧だったという。
ちなみにこの国のデビュタント舞踏会は、両陛下に挨拶をし、中心でパートナーとダンスを踊ることで社交界デビューが認められるという謎システムだ。
ヴィリーとユッテちゃんは既にダンスを終えた友人達の方へ行くといい、手を振って別れた。
「とにかくこれで一番の心配の種から解放されたんだ。さっさと済ませるぞ」
「そうだね! 後少しだ」
吉田は「はあ」と溜め息を吐くと、その場に跪いて私に右手を差し出す。
「──どうかあなたと幸福なひとときを過ごす権利を、俺にいただけませんか?」
「ええ、ぜひ! 私達のこれからの輝かしい日々を祝って共に踊りましょう」
そうしてぷるぷると震える手で吉田の手を取った私は、堪えきれず噴き出してしまった。
「あはは、やっぱり恥ずかしいね! 意味分かんない」
「なぜこんなセリフが決まりなんだ……」
実はこの小っ恥ずかしいやりとりもしきたりで、必ず踊る前にしなければならないそうだ。
片手で顔を覆い耳まで赤く染めた吉田に萌えながら、間違いなくこのクソゲーを考えたシナリオライターのせいだと、私は確信していた。
ゲームではきっとスチルが出てくる、良いシーンのつもりなのだろう。完全に滑っている。
「ほら、踊るぞ。足を踏むのは三回までにしろよ」
「はい! 善処します!」
やっぱり吉田とのやりとりはいつも通りが一番だと思いながら、ホールの中心へと向かう。
私達がよく練習していたワルツの曲が流れ、右手を吉田の左手と繋ぎ、私の左手は吉田の右腕に添える。
普段はローブのついた制服を着こなしているから分からないけれど、さすが剣術をやっているだけあって、吉田の腕はしっかり筋肉がついていて逞しい。
やがて音楽に合わせてステップを踏み、時折ターンをする。これまで共に練習を重ねてきたことと、そして私が吉田に全幅の信頼を寄せていることで、吉田のリードに身を委ねると、何もかもが上手くいく。
息が合うと言うのはこういうことを言うのではと、思ってしまうくらいに。
「何をにやにやしているんだ」
「吉田とのダンス、楽しいなって」
「……そうか」
吉田はそう言って、私をまたくるりと回してくれる。
ダンスを始めた当初は、何が楽しいのだろうという疑問を抱いていたけれど、実際にやっていくうちに、その奥深さを知った。
想像した通りに身体が上手く動いた時、相手の歩幅をしっかりと読めてぴったりと着地があった時など、楽しいと思えるポイントが今ではたくさんある。
「でも、私で良かったの?」
「何がだ」
「一生に一回の機会だし、デビュタント舞踏会でのパートナーを気にする人もいるらしいから」
今回のパートナーは自由といえども、社交界には派閥やドロドロした関係もあるらしく、自分の嫌いな相手と踊った過去があると揉め事になることもあるんだとか。
自分から誘ったとはいえ、私は愛する吉田の人生が何の障害のない、幸せで素晴らしいものになってほしいと思っている。
そんな気持ちから、そう尋ねてしまったのだけれど。
「……本当にバカだな」
吉田はふっと口角を緩めると、眉尻を下げて小さく微笑んだ。
バカだという言葉を紡いだ声音にも表情にも、これ以上ないくらいの優しさが浮かんでいる。
「俺は元々お前を誘うつもりだった」
「……えっ?」




