もう少しだけ待ってほしい 3
「でも、俺が思ってた以上にレーネは俺を好きで意識してくれてて、嬉しいな」
「…………っ」
ユリウスは「ね?」と首を傾げながら、至近距離で顔を覗き込んでくる。
なんというか、これまでもユリウスは遠慮がなかったけれど、恋人になってからはより躊躇いのようなものがなくなった気がする。
この糖分過多な空気に耐えきれなくなった私は、得意の話題を変える技を使うことにした。
「あ! あと、友達のみんなにもちゃんと話したいな」
「レーネの好きなようにしていいよ」
ルカの件でユリウスと血が繋がっていないと伝えたばかりだし、二人でお揃いの指輪をしていたらきっと、言うまでもなく気付きそうな気もする。
「はっ、お揃いの指輪なんてしてたら、ジェニーとか両親も変に思うよね? 屋敷では外した方がいいかな?」
「いいよ、そのままで。どうせもうバレてるし」
「えっ?」
「今朝、あいつに言ったんだよね。俺は絶対にレーネと結婚するからって」
「ええっ」
あの伯爵に宣言をしたなんてと、驚きを隠せない。一方のユリウスは、平然とした態度で続けた。
「屋敷の中での行動を制限したくないし、こういうのって雰囲気でバレるものだろうし」
確かにこの挙動不審な私の様子を見れば、誰だって何があったか気づいてしまいそうだ。
「レーネがCランクになったこともあって、卒業時のランクさえ良ければ好きにしていいって言われたから」
「なるほど……?」
どこまでも父は魔法至上主義らしく、もはや病的だとさえ思う。
とにかく今の段階で私達の関係に文句は言われないようで、ほっと胸を撫で下ろした。
ちなみにルカの一件を知ってからというもの、私は伯爵との全ての関わりを絶っている。
食事以外の場では顔を合わせないようにしているし、食事中も目を合わせないし口も聞いていない。伯爵も私に興味がないのか、何も言ってくることはなかった。
『レーネはよくないことを考えちゃダメだよ。俺が全部やるから』
未だに怒りは全く収まらないけれど、ユリウスに宥められ、我慢して過ごしている。
「でも、ジェニーは大丈夫なのかな」
私とユリウスが付き合っているなんて知ったら、烈火のごとく怒りそうだ。
撤回はしたものの、転生当初は「二人はお似合いだと思う」なんて言って応援するような発言をしてしまったことに対しての罪悪感も、少しだけある。
ジェニーがこれまでレーネや私にしてきたことを思うと、全く気にする必要もないけれど。
「……それに俺、ジェニーは俺のことを本当に好きだとは思えないんだよね」
「えっ?」
私が見る限り、ジェニーはいつだってユリウスに好意を示していたのに。けれど、ユリウスがそう言うのなら、そうなのかもしれない。
「問題はあの女だと思うな。まあ、当主が認めた手前、表立って文句は言えないだろうけど」
あの女というのは義母、ジェニーの母のことだろう。私は全員での食事の時以外、関わる機会もないため、彼女のことをよく分かっていなかった。
とにかく義母には気を付けつつ、引き続きSランクを目指すのが私のすべきことだろう。
「じゃあ明日、みんなに話してみるね」
「うん。俺は全校生徒に言いふらしたいくらいだけど」
「それは色々とまずいので、しばらくはシスコンの顔をしていてください」
「じゃあレーネもお兄ちゃん大好きって顔してアピールしてね。男避けに」
友人達から聞いた話だけれど、ユリウスという完全無欠な兄が側にいることで、私を少しいいなと思ってくれている男子生徒はみんな早々に諦めていくらしい。
もちろん私にはユリウスがいるから問題ないけれど、こんなにかわいい美少女の姿なのにモテないのは私の性格に難があるのが原因、ではないようで少し安心した。
◇◇◇
翌日の昼休み、私はテレーゼ、吉田、王子、ラインハルト、ヴィリーと食堂へやってきていた。
半数以上がSランクとAランクのため、私とヴィリーも一緒に上位ランク用にお邪魔している。
今日も一流のフレンチのような豪華なランチセットを頼み、みんなでテーブルを囲む。
「そういや夏休み明け、交流会があるんだってな。お前らは大体出ることになりそうだよな」
「ヴィリーも筆記はさておき、魔法に関してはトップクラスだもの。きっと声がかかるわ」
「夏休み、みんなで旅行しようって話もあったよね」
いつものように他愛のない話をしながら、楽しく食事をする。今日、このタイミングで報告をしようと思っていたものの、全く切り出すタイミングが見つからない。
いきなり「ユリウスに告白して上手くいきました!」と言うのも微妙な気がしてならない。
そもそもこういう場合、友人に報告は必要なのだろうかと根本的な部分から悩み始めてしまう。そうして考え込んでしまっているうちに、食事を終えてしまった。
上位ランクの食堂では食後にデザートとお茶が勝手に出てくるため、まだ時間はある。
「なんか今日レーネ全然喋んなくね? 腹痛いのか?」
そんな中、向かいに座っていたヴィリーがそう尋ねてくれる。毎回女子に対して腹痛から疑うのはどうかと思いつつ、話をふってくれて助かったと今日は感謝した。




