もう少しだけ待ってほしい 1
「ねえ、レーネちゃん。いい加減にこっちを向いてくれないかな」
「……も、もうちょっとだけ待ってください」
ユリウスの誕生日パーティーの翌日、日曜日の昼。
私は現在自室のソファの上でクッションを抱きしめ、ユリウスに背を向けて丸くなっていた。
──そう、ユリウスに告白をして、恋人という関係になったところまでは良かった。
けれど改めて色々と思い返すと、私もかなり大胆なことを言っていた気がして、無性に恥ずかしくてソワソワして仕方ない。
ユリウスもユリウスだったし、かなり甘い時間を過ごした気がする。今朝も起きてからすぐ、私はベッドの上でのたうち回っていた。
「せ、責任とるって……」
あの時は私も必死だったし、謎のハイ状態になっていたように思う。けれど朝の寝起きローテンションで冷静すぎる今は「ああああ」と叫びたくなってしまった。
よくこれであんなにしっかり告白できたなと、自分を褒めてあげたい。
「えっ……私とユリウスって……こ、恋人なの……?」
左手の薬指で輝く指輪が、昨日の全てが現実なのだと教えてくれた。
私に恋人が存在するという事実、不思議で違和感がありすぎる。前世でも恋愛経験がゼロの私にとっては、天地がひっくり返るような出来事だった。
乙女ゲームを過去たくさんプレイしてきたけれど、私は基本FD──本編のハッピーエンド後の番外編などはやらないタイプだった。
だからこそ、恋人関係になった後に何をどうするべきなのか、よく分かっていない。
その上、相手が誰よりも美しくて完璧なユリウス・ウェインライトという人だというのも、よく考えなくてもすごいことだ。
そして昨日の己のプロポーズまがいの告白や指輪を付け合ったこと、頬にキスされたことを思い出すともう、顔から火を吹き出しそうになる。
「あああ、うわああ……」
吉田にもらったクマのぬいぐるみを抱きしめ、じたばたともがくように足を動かす。
メイドのローザが朝食の時間だと呼びに来てくれたけれど、胸がいっぱいで食欲も湧かない。
今日はいらないと伝えたところ、日頃三食きっちりたくさん食べる私を知っている彼女は具合が悪いのではないかと医者まで呼ぼうとして、冷や汗をかいた。
そんなこんなでベッドから出てローザに身支度を頼んだのは、昼前になってからだった。
「どこかお出かけでもされる予定なんですか?」
「そういうわけではないんですけれども……」
女子力の低い私は普段屋敷の中で、楽さを重視した適当スタイルでいることが多い。
けれど今日はつい、ユリウスに少しでも良く見られたいという乙女モードになってしまい、可愛いドレスを選んで丁寧に髪も結い上げるようお願いした。
その結果、ローザはそう思ったらしく、余計に恥ずかしくて叫び出したくなる。
そうこうしているうちに、朝食にも現れなかったせいでユリウスが部屋へやってきてしまった。
「レーネが食事を抜くなんて珍しいから、どこか具合でも悪いのかなって心配になって」
「だ、大丈夫です。超元気です」
「なんか変じゃない? 何でそんな首が痛そうな不自然な方向向いてんの?」
やばい、これは本当にやばい。元々眩しいお顔だというのに恋人補正がかかっているのか、今日はいつもよりも輝いて見える。目が潰れそうだ。
その結果、かなりギリギリの角度まで顔を逸らしてしまった。今の私はどう考えても様子がおかしい。
「とりあえず座ろっか。おいで」
ユリウスは私の手を取ると、そのままソファへ向かって歩いていく。こんなのだっていつも通りなのに、今日は手の体温や指先の感触まで気になって仕方ない。
たった一日で世界が変わってしまったような感覚がして、落ち着かなかった。
ユリウスはローザにお茶を用意するよう頼むと、すぐに下がるよう命じた。
「レーネの好きなお茶だよ。飲まないの?」
「い、いただきます……」
そっとティーカップを手に取って一口飲む間も、ユリウスから強い視線を感じる。大好きな紅茶の味も分からず、ぷるぷるとソーサーに置く。
「ねえ、何で俺の方を見ないの?」
足を組みこちらに身体を向けているユリウスに、どきりとしてしまう。
「俺達、恋人になったんだよね?」
「うっ」
改めて言葉にされると猛烈に実感が湧いてきて、顔が熱くなる。
「俺、いちゃいちゃしに来たんだけど」
「げほっ、ごほっ……いちゃ……え……?」
逃げ場を求めて再びティーカップに口をつけた瞬間、そんなことを言われ、思わず放り投げそうになった。
目と目を合わせることすら困難なのに、求められているハードルが高すぎる。