体育祭はラブチャンス 5
惜しくも二位という結果でアーチェリーを終えた私は現在、グラウンドの一角で涙を流していた。
「姉さん! ちゃんと見ててくれた?」
「瞬きもしないでずっとちゃんと見てたよ……グスッ……ルカ、本当にすごかった……」
「あはは、何で泣いてんの」
ルカが出る一年の代表リレーを応援しにきたけれど、ルカは転んで最下位になってしまった女の子の分まで挽回し、見事に一位になったのだ。
後方姉面でルカの活躍とドラマのような展開を見ていた私は、いたく感動してしまった。何よりルカがクラスメートに囲まれ、喜ぶ姿にも胸がいっぱいになった。
どうかルカにもこの学園生活が大切で、思い出に残るものになってほしいと心から思う。
「あ、そうだ! 体育祭が終わったら、頑張ったルカをどこでも好きな場所に連れてってあげる! 欲しいものでも何でもいいよ」
前世で寂しい思いをしていた私は去年、ユリウスにそう言ってもらえて嬉しかった。
ルカにもそんな家族らしいことをしたいという気持ちで提案すると、ルカはぱちぱちと桃色の瞳を瞬く。
やがて私の手を握り、ルカは子供みたいに笑う。
「ありがとう、残りも頑張れそうだ。絶対だよ? 絶対にぜーったいに約束だからね」
「うん! 約束」
嬉しそうに小指を差し出してくるルカも喜んでくれているようで、つられて笑みがこぼれる。
やっぱりルカはかわいくて、よしよしと柔らかな桃色の髪を撫でていた時だった。
「あら、お姉様じゃない」
視線を向けると銀色のジャージに身を包んだジェニーの姿があって、顔を顰めてしまう。その後ろにはいつもの取り巻きも控えている。
ジェニーは私とルカを見比べると、鼻で笑った。
「今度は新入生に手を出しているんですね。本当に男好きですこと」
そう言えば、ジェニーもルカが弟だということを知らないままだった。
一応は家族だし、ウェインライト家の闇を内緒にしたいのは同じだろうから、言いふらすこともないだろう。
「何こいつ、誰?」
話してもいいかなと思っていると、ルカが私の服をくいと引っ張り、怪訝な面持ちをしていた。
「実は学年は同じなんだけど、妹なんだ」
「あいつの妹ってこと?」
「それもまた違いまして……」
話せば長くなると伝えると、ルカは「ふうん」と言ってジェニーへ鋭い視線を向ける。
「何よ、お姉様の肩でも持つ──」
「黙れよブス」
「え」
ルカの突然の暴言にジェニーはぴしりと固まる。私もまた、かわいい天使であるルカの口から汚い言葉が飛び出したことに、びっくりしていた。
ジェニーは「ぶ、ぶす……?」と震える声で反復している。ジェニーは超絶美少女だし、ブスなんて言われたのは生まれて初めてだったのかもしれない。
ショックを受けている様子だったけれど、少しの後、きっとこちらを睨んだ。
「私のどこがブスなのよ、目がおかしいんじゃない!」
「性格がブスって言ってんの。せっかく綺麗な顔してんのに、もったいない」
「えっ……」
ルカの言葉に、戸惑った様子のジェニーの頬が、じわじわと赤く染まる。
私もまた、ルカの予想外の言葉に困惑していた。
「ほら、そういう顔の方がかわいいじゃん」
「なっ……も、もう知らない!」
やがてジェニーはそう言うと、ぱたぱたと駆け出し、去っていく。普段の高飛車な態度とは違い、年相応の乙女のような反応に呆然とするほかない。
あっさりとジェニーを追い払ったルカの対応にも、舌を巻いてしまう。
「姉さん、大丈夫だった? いつも虐められてるの?」
「だ、大丈夫だよ! ありがとう」
心配げに顔を覗き込むルカに心配をかけたくなくて、慌てて笑顔を向ける。
するとルカはジェニーの背中を見ながら、呆れたように口角を上げた。
「ああいうお高く止まった女って、意外とちょろいんだよね。あんまり刺激したら姉さんにまた攻撃するかもしれないから、適当に転がしておいたけど良かった?」
「こ、転が……?」
前髪をかき上げながら話すルカに、先程までのかわいい弟の姿はない。もはや私が姉と名乗っていいのか不安になるくらい、大人びている。
これまで一体、何人の女性を泣かせてきたのだろう。もうどれが本当のルカなのか分からないけれど、全てひっくるめて推していこうと思う。
「誰かに嫌なことをされたら教えて? これからは俺が守ってあげるからね」
「ル、ルカ……生まれてきてくれてありがとう」
「うん、変な姉さんも好きだよ」
ルカの沼に完全に沈まされた私はもう、その存在に感謝することしかできなかった。